田坂広志が語る「“AI失業”しないために磨くべき能力」――学歴よりも体験歴の時代に:知の賢人・田坂広志が語る仕事術【後編】(3/5 ページ)
ダボス会議のGlobal Agenda Councilメンバーを務めた田坂広志に聞く「AI時代に活躍するために必要な能力と、その磨き方」――。
世界のトップリーダーから学ぶノンバーバル・コミュニケーション
――その対人的能力については、どのように身につけるべきなのでしょうか。
そもそも、対人的なコミュニケーションにおいては、言葉を使った話術などの「言語的コミュニケーション」よりも、眼差(まなざ)しや目つき、表情や面構え、仕草(しぐさ)や姿勢、空気や雰囲気といった「非言語的コミュニケーション」「ノンバーバル・コミュニケーション」のほうが8割を占めるのです。そのことを、私は、『ダボス会議に見る世界のトップリーダーの話術』(東洋経済新報社)という著書で述べましたが、この本では、世界のトップリーダーは、いかにノンバーバル・コミュニケーションを活用しているかを詳しく述べました。
私は、毎年、世界各国の大統領や首相、世界的企業の経営者などが集まり意見交換をするダボス会議に、そのGlobal Agenda Councilメンバーとして参加していましたが、例えば、イギリス元首相のトニー・ブレア氏のことは印象に残っています。彼の聴衆を引きつける能力はずばぬけていた。もちろん、彼の話す内容も素晴らしかったのですが、実は、彼は他のスピーカーが話している間、非常に細やかに会場の聴衆を見ていました。そうして聴衆の無言の声や気持ちを理解したうえで、眼差(まなざ)しや表情、身振りや姿勢といったノンバーバル・コミュニケーションを存分に活用して聴衆を講演に引き込んでいったのです。
――それは、会場にいるからこそ見える姿ですね。
そうです。世界の政治家の語る政策などはニュースやWebでも十分に知ることができますが、マスコミが報道することのない部分に、その政治家の本当の力量が現れるのですね。ダボス会議のことを「世界のトップリーダーの品評会」と評する人もいますが、それは事実です。そうした目で見ていると、いろいろなことに気が付きます。
例えば、ビル・ゲイツは、ポーカーポーズが上手(うま)い。彼は、他のスピーカーの話を、あまり表情も変えず、頷(うなず)きもせず、ポーズも変えず聴いている。あれもひとつのスタイルだと思います。また、ロシアのプーチン大統領はテレビでは堂々としていますが、実際に会場で見ると、その小心さが伝わってくる。しかし、それが、あれほど上手く国内を押さえている力でもあるのでしょう。一方、ドイツのメルケル首相は、廊下ですれ違っただけでその力量が感じられましたし、当時フランスの大統領だったサルコジ氏は、小柄ながら強い精神のエネルギーを感じましたね。
しかし、こうして世界のトップリーダーを見るということは、単に評論家的に“品評”をするのではなく、自分の姿を照らし出す鏡として、そうしたリーダーの姿を見るべきでしょう。そこにも、自らのコミュニケーション力や対人的能力を磨く、大切なヒントがあるのです。
――リーダーになると部下とのコミュニケーションが重要になりますが、ここで心に置くべきことはありますか。
マネジャーやリーダーになれば、部下の「心のマネジメント」をする必要があります。そうしたとき、私にとって極めて参考になったのが、心理学者の河合隼雄氏のカウンセリング論でした。特に、「聞き届け」という技法は非常に役に立ちました。
例えば、部下が「会社を辞めたい」と申し出てきたとき、ある意味でカウンセリングと似た状況になります。このとき、自分の意見を伝えるよりも、まずは部下の話に深く耳を傾けなければならない。仮に、もし部下が「この職場は地獄です」と述べたとしても、その言葉を「それは、君の被害妄想だよ」と思いながら聞くのではなく、それを、まずは「その人にとっての真実」として受け止める。そうした「聞き届け」の態度こそが求められるのです。
そして、「心のマネジメント」において重要なのは、もう一つ、自分自身の過去の経験とそのときの思いや気持ちを振り返ることです。そのことによって、大きな学びを得ることができます。例えば、「若い頃、あの上司には目も合わせずに叱られたが、辛かったな」「会議で同僚ばかりが褒められたときは、寂しかったな」など、過去の上司の姿を反面教師として振り返ることで、自分自身の部下とのコミュニケーションを見つめなおしていくこともできます。
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