『ジョーカー』が暴いた「アンチヒーロービジネス」―― 誰もが“都合の良い悪夢”に溺れる訳:自己啓発やオンラインサロンと同じ商法(3/3 ページ)
大ヒット中の映画『ジョーカー』。筆者はそこに「アンチヒーロービジネス」の構図を見る。現状を変えずむしろガス抜きになっている点を指摘。
「痛快なアンチ」を求める社会への警鐘
しかしながら、ジョーカーことアーサー・フレックは、どちらかといえば「現代におけるありきたりな悲惨」(精神疾患、解雇、いじめ、非モテ、児童虐待等々)をコンプリートした設定です。加えてそこに自尊心が確保できる「居場所のなさ」が刻印されているがゆえに、多かれ少なかれ「慢性的な不幸感」にさいなまれている現代人の琴線に触れ、既存の秩序を転覆させる「(悪い)夢」に共感する境地を切り開いたのでしょう。主人公と観客に「何か重要な接点があると思わせる」“真実味”です。
本作ではそれが「心優しき芸人」の「身の置き所のない地獄」というリアリズムを重視したギミックでした。オンラインサロンや自己啓発セミナーであれば、主催者とメンバー間における「共通の危機意識」となるでしょう。
そのため『ジョーカー』の作り手は、劇中に「ジョーカー」と「熱狂する大衆」の隔絶をあえて仕込んだのでしょう。『ジョーカー』の核心部分だけを抜き出せば、「シリアルキラーが反体制のシンボル」に祭り上げられる、という恐るべき皮肉です。これは私たちが「アンチヒーロー」に「都合の良い夢」を仮託しやすいことへの警句なのです。
今後、わたしたちが「今の世界」に「居心地のなさ」を感じれば感じるほど、コミュニティーの崩壊が進んで社会状況が悪化すれば悪化するほど、「アンチヒーロービジネス」の未来は幸か不幸か異様な明るさを増していくでしょう。
先進国において多数派になりつつある「慢性的な不幸感」にさいなまれた人々は、ゆううつな現実を吹き飛ばしてくれる「痛快なアンチ」を切望するからです。「自分たちが抱える苦悩に関係がある」と思える魅力的な「アンチヒーロー」が、「報われない人々にこそ希望の光が宿る」とか、「現代の悲惨を背負い続けるあなたがた一人ひとりが革命の種子だ」とか、「いや、既にあなた方の種子は芽吹き始めている!」などと鼓舞し始めたら――?。
分かっていて仕掛ける側も、分かっていてハマる側も、訳知り顔でシニカルに観察する側も、例外なしに、この妖しい輝きを放つ「アンチヒーローシステム」の誘惑から逃れ難いことに留意すべきでしょう。
真鍋厚(まなべ あつし/評論家)
1979年、奈良県天理市生まれ。大阪芸術大学大学院芸術制作研究科修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。専門分野はテロリズム、ネット炎上、コミュニティーなど。著書に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)がある。
関連記事
- それでもオンラインサロンが受ける理由――「デジタル選民ビジネス」という甘いワナ
有名実業家やタレントなどが主催するオンラインサロンがいまだに盛況だ。筆者はその裏に「デジタル選民意識」の利用があるとみる。あの「N国」も巧みに操るそのビジネスモデルとは? - N国とれいわ新選組が操る「不安マーケティング」の正体とは
「N国」や「れいわ新選組」が選挙で躍進した。筆者はその根本にあるのが「不安マーケティング」だと分析。ビジネスでもはびこる「不安な庶民の利用」手法を斬る。 - ホリエモン「お前が終わっている」発言に見る、日本経済が「本当に終わっている」理由
ネット上の「日本終わっている」にホリエモンが「お前が終わっている」と反論、発言は賛否を呼んでいる。筆者はここに、日本の賃金水準がもたらす本質的な問題を見いだす。 - 「不景気だとカラムーチョが売れる!?」――知られざるナゾの法則に迫る
湖池屋の独自データで、不景気時にカラムーチョが売れる傾向にあることが判明。消費のメカニズムか単なる偶然か、追った。 - アマゾン「置き配」の衝撃 「お客様が神様で無くなった世界」で起こり得る“格差問題”
配達員が荷物をユーザーの指定場所に置く「置き配」。アマゾンジャパンが標準配達方法にする実験を実施した。筆者はユーザー間で一種の「格差」が生じる可能性を指摘。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.