“広すぎる”売り場、アプリで案内時間を40%削減──カインズ流、IT変革の全貌を“デジタルアレルギー”だった旗振り役に聞く:混雑可視化で「3密」対策(2/2 ページ)
2020年4月、緊急事態宣言の発令によりホームセンターのカインズにはマスクやトイレットペーパーを求める買い物客が殺到した。特に混雑が目立った浦和美園店にて、店内の混雑状況を店頭のデジタルサイネージとスマホアプリでリアルタイムに表示するIoT実証実験を開始。その他にも専用アプリから決済して店頭やロッカーで商品を受け取る仕組みを展開するなど、カインズではさまざまなデジタルソリューションを通して、感染対策と顧客体験の向上を図っている。デジタル化施策の方針や、“お客さま・従業員ファースト”でITを活用しているという店舗づくりについて話を聞いた。
現場の業務改善が進むなか、新型コロナウイルス感染症が流行し始める。3月にはマスクやトイレットペーパー、消毒液などを目的に来店客が増加し始め、店内が混雑。マスクの在庫についての問い合わせも殺到し、開店前に200〜300人が行列を作る店舗が出る事態に陥った。
「接触を減らすために、まずはシールドで遮断したりして物理的設備を整えました。店長判断で入場を制限していましたが、ずっと混み続ける状況が続きました」
そこで同社は店内の「3密」を避けるため、ローカライズ社のlocarise TRAFFIC「SIGNAL」を浦和美園店に実験的に導入。施設出入口6箇所が見られるよう、高精度の3Dセンサーカメラを合計4台設置し、入店者数をリアルタイムでデジタルサイネージに表示できるようにした。
「もともとレジにカメラを置いて、オペレーション改善に生かすつもりでしたが、コロナ禍によって、混雑状況の把握のほうに舵を切ったんです」
入口のサイネージに店内の混雑状況が映るため、来店者は安心して入店できる。カインズが提供しているスマホアプリからもリアルタイムで情報を確認できるため、混雑時の来店を意図的に避けられるようにもなった。
運用開始時は面積から割り出して入場制限人数を決めていたが、サイネージやアプリでは「空いている」と表示されているのにレジは混雑してしまい、買い物客に指摘されるという失敗も経験した。広いホームセンター内で顧客が各エリアに均等にいることはなく、レジ付近は特に人が集まりやすい。日々のデータを解析してすぐにどの程度の人数が入店するとレジが混雑するかが分かるようになった。
システム導入前までは、店長の個人判断で入場を制限をしており、対応にばらつきが出たり、入場できない顧客への説明の難しさを感じたりすることが多かったという。一定の人数を上限としてサイネージの表示と入口での入場制限を行うことで、混雑時もスムーズに合理的な対応ができるようになった。
来店者数のデータは、マーケティングに生かすこともできる。今まではレジのコード数(レジの通過客数)を分析していたが、家族連れなど複数での来店があるため、実際の来店者数とレジ通過客数は異なる。
しかし、カメラで新たに来店者数が分かるようになったため、その数字をレジ通過客数で割ることで、「平均来店組数」が可視化されるようになった。さらにSIGNALでは、カメラに映る骨格や髪形で性別を、身長を見て大人か子供かを判断する。その結果、園芸側入口は女性の出入りが多い、といったデータが分かるようになったため、来店者の属性に合わせたキャンペーンの実施も可能になった。
「アプリ獲得キャンペーンの勧誘カウンターをどこに置くか、といった施策が数字を根拠に作れるようになりました。イチオシ商品の置き場所を変えるなど、店舗づくりにも生かせるとして、店長からアイデアが出るようになりました」
データを取ることで「週末は家族連れが多い」「ホームセンターは午前中が一番混む」などこれまで“なんとなく”分かっていたことが数字で示せるようになった。これらの知識は、現場が長ければ“商売勘”で分かるものだ。しかし、数字で視覚化し、経験をデータ化させることで、後継者に的確に伝えられるようになる。
「アメリカではデータサイエンスをリテールでも活用するのが常識です。視察したときも当然のように店内にカメラを付けて、人数を把握していました。われわれも毎日のデータを分析チームや現場の店長と共有し、マーケティングに生かそうと考えているところです」
“お客さま・従業員ファースト”でテクノロジーを活用していく
カインズのさまざまな取り組みの中で、コロナ禍によって思わぬ大ヒットとなったものがある。オンラインで商品を注文し、店頭のロッカーでピックアップできるロッカーサービス「CAINZ PickUp」だ。
サービスを開始した19年12月当初は、取り置きの問い合わせに対応する目的が主だった。そのためロッカーは店内に設置しており、決済機能も搭載していなかった。
しかし、コロナ禍により「短時間で買い物を終わらせたい」というニーズが急増。そこで、決済の仕組みを入れたところ、ゴールデンウイークや夏休みをきっかけに利用率が増加した。
最近は「店内に入りたくない」という要望に合わせ、ロッカーも外に移動させ、24時間受け取りを可能にした。現在、ロッカーは85店舗に設置しているが、店舗ごとにある23個の受け取りロッカーが1日2〜3回転するほど人気になっているという。この評判を受け、カインズは21年2月末までに100店舗での設置を目指している。
店舗のIT変革は今後も続く。水野氏が目指すのは、「Eコマースのような顧客体験」だ。
「店内の人の動きを細かく分析できるようにして、Eコマースと同様の体験を店舗でも提供したいです。アプリでは購入前や購入後に商品のレコメンドを出せるようになりましたが、店舗での買い物中にはいまだに紙のPOPでおすすめ商品を出しています。店舗には、多数の商品が一度に視界に入るという強みがあります。その強みを生かしつつ、商品のレコメンド方法に手を入れられないか、現在技術調査中です」
多額の投資でIT化を推進するカインズだが、それでも「DXは理想を実現するツールにすぎない」と水野氏は気を引き締める。
「最新のテクノロジーがあるから取り入れよう、といった技術先行では失敗します。そうではなく、お客さまや従業員が現在どのように動いているか、よりよい体験にするはどうすればよいかを先に考えて、テクノロジーによる改善に落とし込んでいくようにしています。われわれはストレスがなく常に笑顔で買い物できるお店を目指しています。今後も次のステージのカインズを作るため、“お客さま・従業員ファースト”で全社改革を進めていきます」(水野氏)
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