3月1日施行、改正会社法 「取締役の報酬等の決定方針」の定め方と記載例:対応方法・スケジュールを弁護士が解説(2/2 ページ)
2021年3月1日から「会社法の一部を改正する法律」と、それに伴って公布された「会社法施行規則等の一部を改正する省令」が施行される。これにより、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針を取締役会で決定することが義務付けられる。企業に求められる対応のスケジュールと、具体的な記載例とは?
(1)報酬等(業績に連動しない金銭報酬)の額またはその算定方法の決定方針(会社法施行規則98条の5第1号)
業績に連動しない金銭報酬については、その額またはその算定方法の決定方針を定める必要がありますが、額や算定方法の詳細までを決定する必要はなく、算定方法を決定する際の考え方を定めれば足りると考えられます。
【具体的な記載例】
- 取締役の役位、職責、在任年数等に応じて支給額を決定する。
(2)業績連動報酬等がある場合には、業績指標の内容および業績連動報酬等の額または数の算定方法の決定方針(会社法施行規則98条の5第2号)
取締役に対して業績指標(※3)を基礎としてその額または数が算定される報酬を支給している場合には、ここでいう「業績連動報酬等」に該当します。業績に連動する金銭報酬だけでなく、業績に応じて付与数が変動する株式報酬などの非金銭報酬等も「業績連動報酬等」に該当する点には留意が必要です。
業績連動報酬等に該当する場合には、業績指標の内容および業績連動報酬等の額または数の算定方法の決定方針を定める必要がありますが、額・数や算定方法の詳細までを決定することが求められているわけではなく、算定方法を決定する際の考え方を定めれば足りると考えられます。
(※3)「業績指標」には、以下のようなものが広く含まれます。・売上高、営業利益、経常利益、当期純利益等・株価・自己資本利益率(ROE)、総資産利益率(ROA)等・配当性向・非財務指標(顧客満足度、CO2排出量削減目標の計画値に対する達成度等)・連結売上高、連結営業利益、連結経常利益等
【具体的な記載例】
- 各事業年度の連結売上高が……円以上であれば〇円〜〇円の範囲内、……円以上であれば〇円〜〇円の範囲内の額とする。
- 役位に応じて設定される基準額に、各事業年度の連結売上高営業利益率に応じて〇〜〇の範囲内で設定される指標係数を乗じた額とする。
- 各事業年度の連結売上高の目標値に対する達成率に応じて算出された額を支給する。
- 役位に応じて設定される基準額に、各事業年度の連結売上高営業利益率に比例して設定される指標係数を乗じた額を支給する。
(3)非金銭報酬等がある場合には、その内容および非金銭報酬等の額もしくは数またはその算定方法の決定方針(会社法施行規則98条の5第3号)
取締役に対して株式や新株予約権を報酬として付与する場合のほか、株式や新株予約権と引換えにする払込みに充てるための金銭を取締役の報酬とする場合(いわゆる現物出資構成による株式報酬や相殺構成によるストックオプション)も、「非金銭報酬等」に該当します。
非金銭報酬等に該当する場合には、その内容および非金銭報酬等の額もしくは数またはその算定方法の決定方針を定める必要があります。
【具体的な記載例】
- 当社の中長期的な企業価値及び株主価値の持続的な向上を図るインセンティブを付与するため、非金銭報酬として譲渡制限付株式(譲渡制限期間は〇年間とし、……を条件として譲渡制限を解除する。)を付与するものとし、付与数は役位に応じて決定するものとする。
(4)報酬等の種類ごとの割合の決定方針(会社法施行規則98条の5第4号)
業績に連動しない金銭報酬、業績連動報酬等および非金銭報酬等の報酬全体に占める割合の決定方針について定める必要があります。ここで決定しなければならないのは、割合自体ではなくあくまで割合の決定方針なので、具体的な割合を定めることは必須ではありません。例えば、レンジを用いて示すことや、役位が上がるほど業績連動報酬等や非金銭報酬の割合が大きくなるように設定するなどの考え方を定めることでも足りると考えられます。
なお、有価証券報告書では、業績連動報酬とそれ以外の報酬等の支給割合の決定方針を記載することは求められていますが(開示府令第二号様式記載上の注意(第三号様式記載上の注意(38)において準用)(57)a)、報酬の種類ごとの割合の決定方針まで記載することが明示的に求められているわけではないので、報酬等の決定方針を策定する際に有価証券報告書の記載内容を流用しようとする場合には注意が必要です。
【具体的な記載例】
- 固定の金銭報酬である基本報酬:業績連動報酬等である賞与:非金銭報酬等であるストックオプションの割合がおよそ5:3:2となるように支給するものとする。
- 業績連動報酬等が報酬全体に占める割合は、約〇%〜〇%の範囲内で役位が上がるほどその割合が大きくなるように設定するものとし、固定金銭報酬と非金銭報酬等はおよそ〇:〇の割合で支給するものとする。
- 業績連動報酬等は支給せず、固定報酬のうち〇%前後を一律で非金銭報酬等である譲渡制限株式と引換えにする払込みに充てるための金銭として支給するものとする。
(5)報酬等を与える時期または条件の決定方針(会社法施行規則98条の5第5号)
それぞれの報酬について、取締役に対して報酬等を与える時期や条件の決定方針を定める必要があります。それぞれの報酬の内容や額の算定方法の決定方針についての説明の中で、まとめて記載することとしても問題ありません。
なお、有価証券報告書では、報酬等を与える時期または条件の決定方針に相当する内容を記載することは明示的には求められておりませんので、報酬等の決定方針を策定する際に有価証券報告書の記載内容を流用しようとする場合には注意が必要です。
【具体的な記載例】
- 基本報酬は、月例の固定金銭報酬とする。
- 業績連動報酬等である賞与は、事業年度終了後〇カ月以内に年1回支給する。
- 株式交付信託を採用しており、対象となる取締役に対して、取締役会で定めた株式交付規定に従って役位に応じたポイントを付与し、付与を受けたポイントの数に応じて、当社および当社グループの役員を退任した時に当社株式を交付する。
(6)決定の全部または一部の第三者への委任に関する事項(会社法施行規則98条の5第6号)
取締役の個人別の報酬等の内容についての決定の全部または一部を取締役その他の第三者に委任(いわゆる再一任)することとする場合には、以下の事項を定める必要があります(会社法施行規則98条の5第6号イ〜ハ)。
1.委任を受ける者の氏名または株式会社における地位・担当
2.委任する権限の内容
3.権限が適切に行使されるようにするための措置を講ずることとするときは、その内容
なお、1.の「委任を受ける者」は、例えば、社外取締役で構成される任意の報酬委員会を設置して同委員会に決定の全部または一部を委任した場合には、報酬委員会ではなく、その構成員である取締役を指すと考えられています。
また、3.の措置としては、委任を受けた取締役等が社外取締役を中心とした任意の報酬諮問委員会の答申や外部の専門家の意見等を得たうえで取締役の個人別の報酬等の内容を決定することなどが考えられますが、このような措置を講ずるかどうかは各社の判断に委ねられています。
【具体的な記載例】
- 各取締役に支給する業績連動報酬等である賞与については、取締役会決議に基づき代表取締役社長にその具体的内容の決定を委任するものとし、代表取締役社長は、当社の業績等も踏まえ、株主総会で決議した報酬等の総額の範囲内において、各取締役の役位、職責等に応じて決定する。なお、代表取締役社長は、当該決定にあたっては、委員の過半数が社外取締役で構成される報酬諮問委員会からの答申内容を尊重するものとする。
(7)第三者への委任以外の決定方法(会社法施行規則98条の5第7号)
会社法施行規則98条の5第7号では、いわゆる再一任以外の決定方法について定めることとされています。例えば、取締役の個人別の報酬等の内容について取締役会が決定するに際して、任意の報酬諮問委員会の答申を得たり、外部の専門家の意見を得たりしている場合には、これに該当します。
【具体的な記載例】
- 各取締役の基本報酬については、取締役会が、委員の過半数が独立社外取締役で構成される報酬諮問委員会における審議結果を踏まえ、その具体的内容を決定する。
(8)その他重要な事項(会社法施行規則98条の5第8号)
以上のほか、取締役の個人別の報酬等の内容を決定するにあたって、各社において重要と考える事項があれば、報酬等の決定方針の一内容として定めておくことが考えられます。例えば、取締役の個人別の報酬等の内容を決定する際の前提となる基本的な理念や、一定の事由が生じた場合に報酬等を返還させるような建付けとする場合における当該事由の決定方針などがこれに該当すると考えられます。
5.おわりに
報酬には、取締役に対して職務を適切に執行するインセンティブを付与するという重要な機能があるため、取締役の報酬等の内容を適切に定めるための仕組みを整備することは、ガバナンスの強化の観点から重要であると指摘されてきました。
今回、改正法が上場会社等に報酬等の決定方針の決定を義務付けることとしたのも、企業による「仕組みの整備」の一環として、報酬決定プロセスの透明性を向上させることが目的といえます。
ガバナンスの強化という至上命題を達成するためにも、各企業が、今回の改正を自社の報酬制度全体を見つめ直す好機と捉え、自社に適した仕組みの整備を目指すことが期待されます。本稿がその一助となれば幸いです。
坂本 佳隆弁護士 アンダーソン・毛利・友常 法律事務所 外国法共同事業
アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。2009年弁護士登録(62期)、2019年カリフォルニア州弁護士登録。2012年〜2013年東京大学法科大学院非常勤講師、2016年〜2017年米国ロサンゼルスのReed Smith法律事務所勤務。2017年〜2019年に法務省民事局へ出向し、令和元年改正会社法の企画・立案を担当。M&A及び会社法関連業務を中心に、企業法務を幅広く手掛ける。最近の著書・論文として、『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務、2020年)(共同執筆)、「令和元年改正会社法の解説(1)〜(8)」(旬刊商事法務 No.2222(2020年2月15日号)〜No.2229(2020年4月25日号))(共同執筆)ほか多数。
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