フードデリバリーはどう変わる? 米国から先読みする“付加価値”の行方:石角友愛とめぐる、米国リテール最前線(2/2 ページ)
新型コロナウイルスの影響により、フードデリバリーの市場が大きく広がりました。日本ではウーバーイーツや出前館が人気ですが、米国ではドアダッシュがフードデリバリーアプリのシェアの約50%を占めています。ドアダッシュの動向を中心に、米国でのフードデリバリーアプリの戦略や現状を紹介し、アフターコロナの社会でどのように変化をしていくかを予測します。
リテール大手からペットショップまで、広がる提携先
レストランのデリバリーだけに特化するのではなく、ドアダッシュは過去2年ほど大手リテールチェーンのラストマイルデリバリー(店舗などの拠点から顧客の元への配送)を請け負っています。提携先はウォルマート、CVS、メイシーズ、ペットスマートなど。ウォルマートでは、全国のおよそ1000の店舗に対してデリバリーサービスを提供しています。
また、ドアダッシュの配送サービスであるドアダッシュ・ドライブは、食料品だけにとどまらず500店以上のメイシーズやブルーミングデールズ(百貨店)、1400店以上のペットスマート(ペットショップ)から、商品の当日配達を可能にしています。
このように特定の地域に深く根ざしたリテールチェーンと密着したネットワークを構築し、オンデマンドなサービス提供を可能にする業務形態を確立していることから、ドアダッシュの競合相手はもはやフードデリバリー大手のグラブハブやeコマース大手のアマゾンなどではなく、むしろインスタカートのような地域密着型のギグワーカー(単発で仕事を請け負う人)が配達を行う当日配達アプリであるという見方もできます。
主であるフードデリバリー事業で培ったネットワークを生かし、新たな収益源となる配送事業を展開することにより、コロナ収束後にも揺るがない多角的な経営基盤を手に入れよう、というドアダッシュの狙いが伺えます。
ビジネスモデルに潜むリスク――ドライバーがついに従業員と見なされる?
ドアダッシュやウーバーのような、ギグワーカーを束ねるデリバリー事業者が抱えるリスクについて、考えさせる出来事がありました。
21年2月19日、英国最高裁がウーバーの運転手は個人事業主ではなく従業員として見なされるべきだとの判断を下しました。これにより、数千人の英国のウーバー運転手に最低賃金の保証や有給休暇が認められる可能性があります。
一方、米国では20年11月の大統領選の際にウーバーの本社があるカリフォルニア州で条例案に関する住民投票が行われ、Proposition22(提案22号)が賛成票を58%勝ち取ったことで、英国最高裁とは真逆の結果になっています。つまり、カリフォルニア州ではウーバーのドライバーなどのギグワーカーは従業員ではなく独立業務請負人の扱いであるという見方になりました。
そして、今後カリフォルニア以外の州でも同じような取り決めが進むかもしれない、というタイミングでこの英国での判決が発表されたことは、ウーバーをはじめとするデリバリーアプリ事業者にとって良いニュースとはいえないでしょう。
国は違いますが、例えばEUで生まれたGDPR(個人情報保護に関する規則)の考え方、企業に対する規制強化などはカリフォルニア州のCCPA(プライバシー保護法)の誕生を後押ししたともいわれています。今回の判決がグローバルなギグエコノミービジネスを運営する会社にとって無視できないものになることは間違いありません。
ドアダッシュのような宅配アプリもギグエコノミーを活用しています。将来的に米国でもギグワーカーが従業員と見なされるべき、という判決を下す州が現れる可能性があることを考えると、現在のビジネスモデルも長期的に見た場合リスクフリーとはいえないでしょう。
結果的に、今持っている一番の資産=ローカルレストランやローカルリテーラーのネットワークを利用して次なる収益源の道筋を形成する必要があるのではないでしょうか。
このように米国では、フードデリバリーアプリ事業者がコロナ収束後の成長戦略のためにロボットスタートアップなどを買収したり、レストラン以外のリテールとの協業を拡大させたり、クラウドキッチン運営を行ったりと、新しいリテールの事業に進出しています。そして今後も、その方針は続くでしょう。
著者プロフィール:石角友愛(いしずみ・ともえ)
パロアルトインサイトCEO/AIビジネスデザイナー
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛ける。2021年4月より順天堂大学大学院客員教授(AI企業戦略)。毎日新聞「石角友愛のシリコンバレー通信」など大手メディアでの寄稿連載を多く持ち最新のIT業界に関する情報を発信している。
著書に2021年3月発売予定の『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
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