100年近くレシピの変わらない「崎陽軒のシウマイ」が今も売れ続ける理由:崎陽軒・野並社長、経営を語る【後編】(1/4 ページ)
経営者にとって必要な素質、それは「何を変え、何を変えないか」を見極める力である。崎陽軒の野並直文社長は身をもってこの重大さを学んだ。
「鶏の唐揚(からあ)げをエビフライに変えたこと。あれが一番の失敗です。私自身、エビフライが好きだし、材料としてもエビの方がいい。絶対にお客さんは喜んでくれると思ったが、逆だったの。苦情がたくさん来た」
崎陽軒の野並直文社長は苦笑いする。1989年、同社の看板商品「シウマイ弁当」のおかずを良かれと思って変更したところ、大ブーイングを食らった。わずか3年ほどでエビフライは再び唐揚げに戻った。
現在、1日の販売数が2万4000個以上と、コロナ前の水準にまで戻ったシウマイ弁当は熱烈なファンたちに支えられている。贔屓(ひいき)にしている著名人も多く、テレビ番組のロケ弁などでも愛用されているという。シウマイに関しては、天皇陛下も好まれていると『文藝春秋』(2019年11月号)の記事で明らかになっている。
いまや国民的な駅弁といってもいいシウマイ弁当だけあって、ちょっとした変化があるだけでも大ごとになる。冒頭のようなエピソードは枚挙に暇がない。
「玉子焼きを入れたときもそう。値段は上げたくないので、おかずを1つ外さなくてはならなかった。そのとき一番人気がなかったのが蓮根の煮物。筍煮や鶏の唐揚げはおいしいねとよく言われましたが、蓮根は誰も褒めてくれません。だから外したら、『なぜ蓮根をなくしたのか。俺は大好きだったのに』という非難を浴びました」
笑い話のように聞こえるだろうが、こうした出来事からも、経営における「変えないこと」の大切さ、「変えること」の難しさを、野並社長は身をもって体験した。
変えるべきものを変える勇気。
変えてはならないものを変えない包容力。
変えるべきものと、変えてはならないものを見分ける叡智(えいち)。
これは、米国の神学者で、従軍牧師だったラインホルド・ニーバーの言葉だ。「ニーバーの祈り」と呼ばれるこのフレーズを野並社長は教訓としている。
「だけど、経営者はよく、変えてはいけないもの、変えやすいものを変えてしまいます。変えやすいものほど、本当は変えてはならないものが多いのです」
この重要性に気付き、それを忠実に守ってきたことが、結果として多くのファンを作り、崎陽軒に対する信頼性を高めることにつながっているのかもしれない。
では、崎陽軒は、何を変え、何を変えなかったのだろうか。
皆が驚くシンプルさ
まず、変えなかったこと。それはシウマイの製法だ。1928年の発売以来、レシピはそのままである。
次々と新商品が出ては消える、生き馬の目を抜く競争の激しい食品業界にあって、100年近く味わいが変わらなくてもシウマイが売れ続ける理由。野並社長によると、「シンプル」であることに尽きるという。
崎陽軒の横浜工場を訪れた見学者が驚くのは、シウマイの原材料を見たときだという。豚肉、干帆立貝柱、たまねぎ、グリンピース、でんぷん、小麦粉(皮)。調味料は塩、胡椒(こしょう)、砂糖と非常にシンプルで、「え、これだけなんですか?」と、多くの見学者は口をそろえる。
「シンプルだから飽きがこないのです。いろいろと味を作り込むと、美味(おい)しいと感じるものの、そのときに十分満足してしまいがちです。でも、シンプルな味だと、食べ終わっても、また次も食べてもいいかなという余韻が残るようです」と、野並社長は説明する。
時代の変化に合わせて手を加えたり、豪華にして消費者の目を引こうとしたりする商品は少なくない。それもビジネス戦略として間違いではないだろうが、崎陽軒は変えないことを貫き、売り上げを伸ばしてきた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.