キャッシュレス化は不正抑止にも効果 インドで見た「つり銭がない」店舗の合理性:がっかりしないDX 小売業の新時代(2/2 ページ)
キャッシュレス社会への移行は、業務効率化のみならず、実は店舗内部における不正行為を抑止する一助ともなる。今回は不正抑止の観点からキャッシュレス化の意義について考える。
レジ周辺で頻発する内部不正
英レスター大学で犯罪学を専門とするエイドリアン・ベック名誉教授のレポートによると、店舗内部での違反行為の69%がレジで発生していました。
その手口は多岐にわたり、最も多いのは「現金の直接的な窃取」、次いで「家族・友人・同僚の商品をスキャンせずに通過させる」「スタッフ割引カード、ポイントカードの不正使用」などが頻出しています。
例えば、レジ担当者は来店客対応の合間に死角となるタイミングを狙い、指先で素早く紙幣を抜き取り、制服のポケットや靴の中に押し込みます。紙幣は小さく折りたたまれ、見つかりにくい場所に隠されます。店全体での現金誤差が大きく出るので、管理が雑な店舗で出勤者が多い場合に行われる手口です。
また、知人が来店した際に、バーコードリーダーを通すふりをして、実際には商品をスキャンせず購入済みのように装い、代金を払わないことで窃盗する手口もあります。
さらに、来店客がつり銭のない支払いをしてレシートを受け取らない場合、「現計」キーを押してレジ操作を完了する前に、最後の品目を取り消し処理して差額を着服する手口も典型的です。同様に、レシートを受け取らなかった客のレシート全体を返品する操作で差分の現金を着服するケースもあります。
これを監視するために取り消しや返品操作の頻度が多い店舗・レジ担当者を抽出して、監視カメラ映像を確認することも事業管理の業務の一つです。筆者が今担当するのであれば、システムを活用することで大幅に自動化します。自動化できない部分は、店長や社員への研修で、効果的な啓蒙を図ります。
ポイントカード不正では、来店客がカードを持っていない時を狙い、その分のポイントを自分のカードに付与し、後に私的利用する行為が典型的な手口です。こうした手口は、周囲に従業員が少ない閑散時間帯を利用して行われることが多いです。この手口は1日あたりのポイント付与回数が異常値になるので、それを抽出して所有者を特定します。小規模店舗の当日責任者が行うことが多い犯罪行為です。
レポートにおいて興味深いのは、犯行者たちが必ずしも巧妙といえるような手段を取っていなかったという点です。多くは単純に現金を衣服や靴の中に隠す程度であり、1日の精算時に差異が生じることを当てにしていたり、複数人が同一レジを使用することで責任の所在を曖昧(あいまい)にする状況を利用したりしていました。これは、「現金」という物理的な資産が目の前にあり、それが透明性の低いオペレーションで管理されていることが行動を誘発している一面があると考えられます。
透明性と規律を高める手段としてのキャッシュレス
キャッシュレス化が進むと、物理的な現金を扱う機会そのものが減少し、管理コストを削減できます。加えて、キャッシュレス決済では、取引は全てデジタル記録に残り、追跡性・透明性が高まります。
このような状況は内部犯行者にとっては不正行為が発覚するリスクを高める要因となります。例えば、インドのUPIのように、全ての決済が即時に銀行間で処理され、履歴が残る環境下では、レジ担当者が売り上げを「帳簿外」に取り込む余地は著しく減少するでしょう。
つまり、キャッシュレス化は経営的なコスト最適化だけでなく、内部不正の抑制につながる可能性があるのです。
もちろん、キャッシュレス化は万能薬ではなく、不正行為者が別の形態で不正を企てる可能性は残ります。しかし、少なくとも現金を中心としたオペレーションが内包する、匿名かつ追跡困難な余地は大幅に削減されます。
小売や外食の事業者は、キャッシュレス導入のみならず、監視カメラ、POSデータ分析、従業員教育、内部告発体制など、多面的な対策を組み合わせることで、より公正で透明性の高い店舗運営が可能となります。
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