CXは「経営のミッション」だ──顧客の期待値を“良い意味で”裏切るための戦略は?(2/2 ページ)
CXをマーケティング部門が単体で担う活動ではなく、経営が自らリードし、企業全体で取り組むべきコンセプトであると捉える企業が増えてきています。なぜ、CXを経営アジェンダに据える企業が増えているのか。その背景や内容について考察します。
経営者は押さえたいCXのトレンド データ・AIでどう変わる?
最後に、経営×CXで注目されている施策のトレンドをいくつかご紹介します。
自社経済圏構築を見据えた顧客IDやデータの統合
複数の事業グループを持つ大手企業の中にはハウスポイントを通じて自社経済圏を構築し、グループ横断で顧客との接点拡大を図る動きがみられます。その実現の鍵となるのが顧客IDやデータの統合です。事業部門やサービスごとに顧客IDやデータを分散管理していると、顧客像を精確に把握することが困難です。しかし、経済圏を構築する上では、顧客一人一人の属性や購買履歴、行動データなどを横断的に統合し、グループ全体で一元的に管理・活用することが不可欠です。
例えば、大手デベロッパーやエンターテイメント企業などにおいても、共通IDを導入し、顧客が企業内のサービス利用時に同じIDでログインできる仕組みを整備する動きが見られます。これにより、顧客側ではシームレスな体験を享受でき、企業側は顧客へのパーソナライズされたサービスやキャンペーンの提供、クロスセル・アップセルの最適化が可能となります。
また、ID統合によって得られるデータを分析することで、顧客LTV(LifeTimeValueの略。顧客生涯価値のこと)の最大化や離反防止、さらには新サービス開発にもつなげることも可能になります。今後は、ID統合を起点としたデータドリブンな経営がCX向上においてますます重要になっていくでしょう。
評価指標(KPI)の予測モデル活用
従来、NPSや顧客満足度などがCXのKPIとして利用されてきました。一方で、それらのKPIは顧客の属人的判断に基づいていること、アンケートを通じて取得するため特定の顧客からの評価になることなど、複数の課題が存在しています。
デジタル上での顧客との接点増加に伴い、アンケートによる評価収集以外の方法をとる動きが出てきています。例えば、ある企業では解約率やデジタル上で収集される顧客の行動データなどを基に、AIを活用して全顧客の自社に対する推奨度を予測できる仕組みを構築しています。この仕組みによって、顧客別の推奨度の変化をより細かいサイクルで把握できるようになり、必要な対策を適切なタイミングで実施できるようになっています。
生成AI・AIエージェントの活用
人間が目標やゴールを指定すれば、自律的にタスクを設計し自らそのタスクを実行してくれる「AIエージェント」に注目が集まっています。AIエージェントが普及すると、自社にとってあるべきCXやその仕組みづくりの前提・制約が大きく変化すると予想されます。
例えば、顧客と直接やりとりするさまざまな職種(コンタクトセンターのオペレーター、小売の店舗スタッフ、インサイドセールススタッフなど)を抱える企業では、人材確保の難しさ、エンゲージメントの低さ、スキルレベルの維持など採用や人材に起因する多くの課題を抱えています。
一方で、AIエージェントは従業員の顧客とのリアルタイムなやりとりを踏まえながら、必要に応じて製品情報やマニュアル、FAQなどを参照し、従業員に顧客との最適なコミュニケーション内容を提示できると考えらえます。こういったAIエージェントの活用は、採用すべき人材の要件を緩和できたり、経験の浅い従業員の不足スキルを補ったりすることで課題の解決に貢献するでしょう。
まとめ
商品・サービスそのものの合理的価値だけで差別化することが難しい時代となり、体験や接遇など付加的である感情的価値を提供することが企業の競争力を高める鍵となります。顧客との各コンタクトポイントにてより良い印象や体験となる高品質なCXを提供することが重要です。
そのためにはマーケティング関連組織単体での活動ではなく全社的な取り組みが必要であり、経営層のリーダーシップが求められます。この点を理解し組織全体でCX強化に取り組む企業は、より顧客との深いエンゲージメントを築き、持続的な成長を実現できるでしょう。
【お詫びと訂正:2025年7月3日午前10時20分、記事の内容を一部修正しました。お詫びして訂正いたします。】
針崎浩平(はりさき こうへい)
2013年に新卒で商社に入社後、2022年に野村総合研究所へ中途入社。
国内大手企業向けの戦略/業務コンサルを中心に活動。CX領域を強みとしつつ、DX戦略策定や実行、新規事業開発の伴走支援などを得意とする。現在はAI戦略コンサルティング部に所属し、生成AIを活用した業務改善や事業変革の支援にも従事している。
中島将貴(なかじま まさたか)
2008年にNRIに入社。小売、投資ファンド、官公庁向けなど多様な企業・組織への支援を経て、現在は主にIT関連企業、消費財メーカー、商業施設など向けにCX、ロイヤリティマーケティング関連のコンサルティングに従事。
米国エモリー大学ゴイズエタビジネススクールMBA課程修了(修了時にマーケティング分野でトップの修了生に贈られる「米国マーケティング協会賞」受賞)
ベータ・ガンマ・シグマ会員。近著に「構造化思考トレーニング コンサルタントが必ず身につける定番スキル」(日経BP)
この記事を読んだ方に 丸亀製麺の"感動”創造戦略
2025年3月期決算で、売上収益・事業利益・事業利益率ともに過去最高を更新した丸亀製麺。持続的な成長をつくる「感動創造」と「ブランド力向上」の本質に迫ります。本セッションでは、丸亀製麺の同質化しない唯一無二のマーケティング戦略とCX/EX戦略を紐解きながら、データサイエンスと感性を融合させた勝率の高い新しいマーケティングモデルの最前線を説明します。
- 講演「丸亀製麺の"感動”創造戦略 〜CXとEXのスパイラルアップが生み出す内発化〜」
- イベント「ITmedia デジタル戦略EXPO 2025夏」
- 2025年7月9日(水)〜8月6日(水)
- こちらから無料登録してご視聴ください
- 主催:ITmedia ビジネスオンライン
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
高速PDCAで荷物返却も「爆速」 スカイマークの顧客満足度がANA、JALよりも高い納得の理由
ANAとJALに続き国内航空会社で3位のスカイマークだが、顧客満足度ランキングでは2社を上回り、1位を獲得している。特に利用者から評判なのが、受託手荷物の返却スピードだ。SNSでも「着いた瞬間に荷物を回収できた」「人より先に荷物が出てきている」といった声が多い。
「それ効果あるの?」と言わせない! 三田製麺マーケターの“社内を納得させる”施策効果の可視化術
「SNSのフォロワー数は増えているのに、売り上げへの貢献が見えない」「オンライン施策と店舗集客の関係性が分からない」――。多くの広報・マーケティング担当者が、一度は直撃したことがある課題だろう。そんな中、つけ麺チェーン「三田製麺所」を運営するエムピーキッチンホールディングスは、SNSやWebを活用した認知拡大から、コアファンの育成、そして売り上げ貢献までを可視化する独自のロジックを確立した。
メガネを「たまに買う」ではなく「よく買う」ものに──Zoffは一体何をした?
メガネは購入間隔がとても長い商品だ。Zoffは、LINEを活用したマーケティングを強化し、顧客のLTV向上に成功。メガネを「たまに買う」ではなく「よく買う」ものにすることに成功したという。
電話問い合わせ100%→10%に ネスレ、分かりやすいFAQの秘訣は?
ネスレ日本のコンタクトセンターでは、2017年時点では問い合わせがほぼ100%電話経由だったのに対し、現在はノンボイス比率が9割を超え、電話での問い合わせは10%に届かないという。
CX市場が急成長、2028年には1兆円規模に 「収益増」に向け押さえたい2つのポイントは?
国内CX関連ソフトウェア市場は、2028年には1兆386億9500万円に達すると予測されている。一方、世界各国と比較して、日本企業のCXに対する優先度はまだまだ低いのが現状だ。今後さらに市場を伸ばし、顧客体験の最適化によって売り上げを上げていくためには、押さえるべきポイントがある。



