マーケティングより美学を信じた――世界で評価、マツダが貫く異端のデザイン戦略とは?:Merkmal(2/2 ページ)
経営危機を乗り越えたマツダは、魂動デザインを武器に世界2冠を達成。市場に迎合せず、理念から逆算する設計思想が、製造業の常識を覆した。地方中堅メーカーの挑戦が、日本の産業構造と価値創造の未来を照らす。
“未完成”という設計思想――使い手との対話が価値を生む
前田氏が手がけた魂動デザインから伝わるのは、作り手の信念や価値観を出発点とする製品づくりの姿勢である。これは、市場の要望を起点とする従来の「マーケットイン」とは異なる考え方である。
大量生産を前提とした製造の現場では、製品はしばしば数量化された需要に従う傾向がある。しかし、マツダはこの従属関係を反転させた。市場の求めに応じるのではなく、自らの内側にある理念に従って形と性能を導き出した。そして、製品を通して市場の認識そのものを変えようとした。マーケットインではなく、「プロダクトアウト」である。
注目すべきは、完成を製品の終わりではなく、使い手との関係の始まりと見なしている点である。デザインには、使い手が関われる余白が意図的に残されている。この余白は、設計の甘さを意味するものではない。むしろ、使い手の感覚や想像力が自然に入り込むように設計された未完成の構成要素である。
製品の形は、使う人の経験によって内側から再び定義されていく。この考え方は、ユーザーを単なる評価者ではなく、共に製品をつくる存在ととらえる視点に立っている。
この手法では、製品の価値は数字や機能の高さでは測れない。むしろ、言葉では表しにくい感覚や経験といった領域に、設計の力をどう働かせるかが問われている。
設計とは、まだ見えていない可能性に対して、新たな提案をする営みである。魂動は、そのような未来の感じ方に向けた問いかけであった。そしてそれは、製品が市場に合わせるのではなく、市場の感性そのものを変える試みでもあった。
先に製品をつくり、後から価値が生まれる
このような製品づくりでは、どのような価値を定め、それをどのように形に表すかという問いそのものが、設計の対象となる。その結果、ものづくりは経済の枠を超え、文化の表現や、人の感覚のあり方をつくる行為へと広がっていく。
マツダが選んだのは、市場の要望に応じることではなかった。自分たちの視点から、新たな好みや価値観をつくり出す道である。そうして生まれた製品が市場に受け入れられたとき、それは売れたのではなく、「理解された」といえる。
この設計思想は、長いあいだ製造業において当然とされてきた2つの考え方――市場を読み取って製品をつくるのか、信念に基づいて提案するのか――を問い直すきっかけを与えた。
マツダが示したのは、製品を先につくり、後から価値が生まれるという順序である。そしてそれは、単に性能を高めることではなかった。そこには意味をつくることを重視した設計の考え方があった。
製品に込められた意味は使う人との関係や、その製品が置かれる時間と空間といった、広い意味のなかで決まっていく。こうした問いを、正面から設計に取り入れる企業はいまだ少ない。
マツダは、製品の背後にある「設計の哲学」そのものを見せることで、他の企業との差を明確にした。魂動という思想は、見た目のデザインにとどまらず、ものづくりにおける考える力そのものを問い直すものであった。その延長に、日本の製造業がふたたび自らの存在意義を問い直すための土台がある。
これからの製品設計で主導権を握るのは、「なぜつくるのか」「どんな意味をそこに込めるのか」という問いである。この考え方が導くのは、機能や数値の競争を超えた、新しいものづくりの可能性である。
「地方発」の時代へ――マツダが示した製造業の未来地図
日本の自動車産業は、ティア構造によるサプライチェーンを基盤とした中央集権型の産業構造で成り立ってきた。しかし、電気自動車(EV)シフトやコネクテッド技術の進展により、その構造には限界が見え始めている。
こうした局面において求められるのは、文化的な深みを重視する地方企業の役割である。地域経済の内発的な成長を促し、そこから世界に向けて展開できる土壌づくりが重要となる。
マツダは、信じるモノにこだわりながら、地方の中堅企業がグローバル市場で飛躍できることを証明した。日本の製造業再興に必要なのは、規模やスピードではなく、製品にどのような「意味」を持たせるかを再定義する視座である。
マツダはデザインを通じてこの意味付けを行い、信念をもとに製品を生み出し続けた。その姿勢は、かつて世界を席巻した日本のものづくりが再び輝きを取り戻すための手がかりともなり得る。日本経済の新たな未来像のヒントが、そこにある。
地方企業がなぜ、世界のデザイン賞を総なめにするようなクルマを生み出せたのか。その背景には、これまで言語化されてこなかった「日本の美意識」の存在がある。
前田育男がマツダで示した変革は、見えない価値を信じ、それを形にして社会に問いかける営みであった。その挑戦はいまもなお、日本の製造業に本質的な問いを突きつけている。
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