AIエージェント乱立時代 Google Cloudはどう勝ち抜く?
Google CloudはAIエージェントによって、どのように未来を変えようとしているのか。「SoftBank World 2025」で、グーグル・クラウド・ジャパン合同会社カスタマーエンジニアリング技術統括本部の渕野大輔本部長が講演した。
Google Cloudは、AIエージェントを自社プラットフォームに導入することで、企業の日常業務や経営判断の現場に具体的な変化をもたらそうとしている。例えば顧客サポート分野では問い合わせ対応の自動化により、AIエージェントが一次対応を担い、人手に頼っていた業務負担とコストを削減しつつ、顧客満足度の向上を実現させている。
営業部門向けには社内外の膨大なデータから、取引先情報や市場動向を自動で抽出・整理。必要なレポート作成や意思決定材料の提供まで一気通貫で支援する機能を提供する。従来は従業員が数時間〜数日かけていた調査業務を、数分で高精度に完了させることも可能とした。さらに、現場の担当者自身がノーコード操作で独自のAIエージェントを作成し、業務に即した自動化や新規プロセスの設計を容易に実行できる環境も整備されつつある。
こうしたAIエージェントは、自社内だけでなくユーザーにも提供していく。Google CloudはAIエージェントによって、どのように未来を変えようとしているのか。ソフトバンクが7月16日に都内で開催した「SoftBank World 2025」で、グーグル・クラウド・ジャパン合同会社カスタマーエンジニアリング技術統括本部の渕野大輔本部長が講演した。
Google Cloudがもたらす三位一体の技術革新
Googleは「世界中の情報を整理し、誰もがアクセスできるようにする」という使命を掲げ、これまで検索やYouTubeなど身近なサービスを提供してきた。この実績を基盤に、巨大なサービスインフラと高い信頼性を誇るクラウドサービスであるGoogle Cloudを企業に開放し、社会全体のデジタル変革を支えようとしている。
Googleのサービスは、20億人規模のアクティブユーザーが利用するグローバルな規模を誇り、25年以上にわたり高いパフォーマンスと信頼性を追求し続けてきた。そのインフラ基盤やテクノロジーは、今やGoogle Cloudとして他社にも提供され、社会全体のビジネス変革を支える役割を担っている。
近年は生成AIがインターネットやモバイルに続く第3の大革新の波と注目されており、この流れが働き方や生活様式そのものを根本から変えることになりそうだ。Google Cloudは「AIで進化したクラウドが変革をさらに加速する」というミッションのもと、AI技術の社会実装と企業への価値提供に注力している。特に、AI普及における構成要素として、計算資源・データ・モデルを一体として技術進化させてきた点に、他社にはない強みがある。
Googleの技術革新の歴史を見てみよう。2003年に分散ファイルシステム「Google File System」を発表して、ビッグデータ処理の基盤を構築。2015年には大規模並列処理基盤Borgによりクラウドインフラの効率と信頼性を高め、2017年の深層学習モデル「Transformer」により大規模言語モデル(LLM)分野を切り拓いた。
これらの技術は自社サービスへの応用だけでなく、ポリシーとして積極的にオープンソースコミュニティにも還元されてきた。渕野本部長は「3つの中核技術要素すべてを自社開発・保有し続けているのはGoogleだけ」と胸を張る。
Geminiが切り拓く汎用AIモデルの新展開
AIエージェントの中核を成す計算資源については、Google 独自設計のTPU(Tensor Processing Unit)による最適化を進めてきた。2024年4月発表の新世代TPU「Ironwood」は、従来比で大幅な性能・省電力化を達成。先端のAIモデル「Gemini 2.5」など高性能モデルの安定稼働に道を拓いた。
AIモデルの進化を体現するのが「Gemini」だ。GoogleのAI研究部門であるDeepMindとGoogle Brainによる共同開発から生まれたこのモデル群は、高性能かつ幅広い応用性が特徴で、汎用モデル「Gemini Pro」から速度重視の「Gemini Flash」まで、ユーザーや用途の多様な要望に応える展開を見せている。
第三者評価も、マルチモーダル対応やGoogle Cloudサービス基盤との統合性、一度に約2時間分の動画処理を可能にする膨大な情報処理能力といった先進性を認めている。加えて、圧倒的なコストパフォーマンスはAIの社会実装と民主化を後押ししており、「多くのユーザーが最新AIの恩恵を受ける時代をGoogle Cloud主導で実現する」(渕野本部長)姿勢が鮮明だ。
AIエージェントの進化とその可能性が急速に広がる中、企業の情報活用や業務効率化における役割は日増しに重要性を帯びている。コンピューターが最初にもたらした変化は、計算や処理など、明確にルール化された作業の自動化だった。
例えばATMをはじめとした定型作業の代行は、人間に代わって機械が代理で行動する、いわばエージェントとして機能する典型的な例だ。その後、ディープラーニングの登場により、囲碁や将棋のような複雑な意思決定領域においても、特定のルールや目的に基づく高度な判断が可能となった。さらに生成AIの時代を迎え、手順が曖昧(あいまい)で膨大な情報分析を伴うタスクさえ、人間に近いアウトプットで処理できるよう進化している。
業務を支える2つのAIエージェント
その先端を象徴するAIエージェントの1つが、Google の「NotebookLM」だ。NotebookLMは、企業や組織がPDFの統計資料や政策文書、YouTube動画など多様な情報ソースを一元的に登録・集約できるAI搭載の情報プラットフォーム。登録されたこれらの多彩なデータを、AIが横断的に解析。重要なポイントの抽出や要約、関連質問の自動生成、ユーザーからの問いへの即時回答まで一貫して実施することで、知識の活用と業務効率の向上を実現している。
特徴的なのは、情報の参照元を段落ごとに明示している点だ。LLMの一般的なハルシネーション(事実誤認)リスクは、NotebookLMの場合、登録されたデータベースのみに依拠することによって、大きく低減している。
長大な文書や映像情報を、7分ほどのポッドキャスト音声へ要約する機能も実装。現代の情報過多なビジネス環境で、迅速な気付きや重要なポイントも把握できるようにした。マインドマップ形式での情報構造の視覚化や、学習ガイドの自動生成も容易だ。こうして生成されたノートブック(=業務知識の集約)は、部署や会社全体で共有でき、組織のナレッジ管理や教育コストの低減に寄与する。
一方で運用現場では、情報ソースの更新や保守、リクエスト対応がIT部門に集中しがちで、その運用の煩雑さが現場担当者の負担になっていた。しかしNotebookLMはRAGによる情報探索や、個々の社員が自らデータソースを登録してエージェントをカスタマイズできる設計を実現している。
この点について渕野本部長は、「良質なデータソースを持つ現場の知見が、部門や全社で相互に活用できる環境をクラウド上で実現した」と強調する。WordやExcel、PowerPoint、PDF、さらには動画まで読み込んで活用できるといった、多様なファイル形式や情報源への対応力も備えた。
2つ目のAIエージェント事例が、「Deep Research Agent」だ。これは、ユーザーが例えば「日本の自動車メーカーの販売戦略と業績の関係」といった調査依頼を投げると、AIがまず調査計画を立案、必要に応じてプランの修正も即時対応する。調査開始後は、複数のWebサイトからデータを収集。サマリーや批評、さらに検証まで自律的に実行する。従来なら1〜2日かかる複雑な調査レポートを、最短15〜16分で、120サイト弱・1万5000字超に及ぶリサーチとしてまとめ上げる性能を持つ。
各生成段落では、その出典元のWebページを明示しており、直ちに信頼性を検証できる。分析・要約・調査計画など、内部で複数のAIタスクが連携する。渕野本部長は「Google検索と連携するAIエージェント技術が、情報の探査・分析・アクションまで一括して担うことで、企業の知的レバレッジを飛躍的に向上させている」と指摘する。
AIエージェント乱立時代のガバナンス戦略
実際の業務変革の例として、小売業でのAIエージェントによる消費者対応や業務効率化がある。利用者がECサイト別の複数アプリを操作する現状は、AIエージェント導入により大きく変わりつつあるのだ。ユーザーはエージェントに指示するだけで複雑なタスクが自動化され、新たな顧客体験の創出につながっている。
社内業務でも、営業、開発、マーケティングなどの様々な部門でAIエージェント活用が見込まれるが、エージェントが乱立するとガバナンスや管理の課題が顕在化する。そこでGoogle Cloudの「Google Agentspace」が重要な役割を担う。Google Agentspaceは、社内エージェントを一元的に集約・可視化できるハブとして機能し、エージェント同士の連携やデータソースへのアクセスをシンプルに実現する。
「AIエージェントが実現するのは単なる業務効率化だけではありません。データ活用や意思決定プロセスそのものが刷新され、経営層には標準化すべき部分と自社独自の強みをどう区分しリソースを投下するかが必要になります。特にAgentspaceのような全社横断の基盤が、今後のデータ管理やエージェント活用に不可欠です」(渕野本部長)
Google Cloudは、企業はまず生成AIモデルによる汎用業務の自動化や調査から着手し、段階的に自社領域での専用エージェント開発へと移行することを推奨している。AI技術の進化を見据えた人材育成やリーダーシップがこれまで以上に高まっている。Agentspaceのような全社基盤を活用して業務標準化と独自価値を見極め、最適な投資と運用を進めていく姿勢が、AIエージェント時代の経営変革の成否を左右するといえるだろう。
この記事を読んだ方に AI活用、先進企業の実践知を学ぶ
ディップは、小さく生成AI導入を開始。今では全従業員のうち、月間90%超が利用する月もあるほどに浸透、新たに「AIエージェント」事業も立ち上げました。自社の実体験をもとに「生成AIのいちばんやさしいはじめ方」を紹介します。
- 講演「従業員の生成AI利用率90%超のリアル! いちばんやさしい生成AIのはじめかた」
- イベント「ITmedia デジタル戦略EXPO 2025夏」
- 2025年7月9日(水)〜8月6日(水)
- こちらから無料登録してご視聴ください
- 主催:ITmedia ビジネスオンライン
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
孫正義「SBGで10億のAIエージェントを作る」 生成AIが「自己増殖する仕組み」構築へ
ソフトバンクグループ(SBG)会長兼社長でソフトバンク取締役創業者の孫正義氏は7月16日、ソフトバンクが都内で開いた法人向けのイベントで「グループ全体で年内に10億のAIエージェントを作る」と宣言した。
「SaaSが終わる? 興味ない」 ラクス社長が語るAIの「真の脅威」
国内SaaS業界トップランナーのラクス。「SaaSが死ぬかどうかってそんなに興味ない」と明かす中村崇則社長が、本当に恐れているものとは何なのか。業界トップが明かすAI時代の生存戦略を聞いた。
AI競争は「Googleの圧勝」で終わるのか? Gemini 2.5 Proの衝撃
米国のテック系人気ユーチューバーの何人かが、こぞって「AI開発競争はGoogleが勝利した」という見出しの動画をアップしている。これでGoogleの勝利が決定したのかどうか分からないが、少なくともOpenAIの首位独走の時代は終わったのかもしれない。
時価総額10兆円も視野 NEC社長に聞く「AIとセキュリティ」で目指す「次の5年」
NECは、自社の強みをいかにして社会課題に生かしていくのか。組織再編によって、何をどう変えていくのか。森田隆之社長に聞いた。
なぜ日立はDXブランドの“老舗”になれたのか? Lumada担当者が真相を明かす
連載「変革の旗手たち〜DXが描く未来像〜」では、各社のDXのキーマンに展望を聞いていく。初回は日立製作所。なぜ日立は2016年の段階で、ブランドを立ち上げられたのか。Lumadaの推進に関わる、デジタル事業開発統括本部の重田幸生さんと、Lumada戦略担当部長の江口智也さんに聞いた。
なぜ富士通「Uvance」は生まれたのか サステナビリティに注力する強みに迫る
DXブランドが乱立する中、DXだけでなくSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)も打ち出し、着実に成長してきたのが、富士通が2021年に立ち上げた「Fujitsu Uvance」だ。なぜSXを掲げ続けているのか。ユーバンスの事業戦略責任者に聞いた。
NEC「ブルーステラ」誕生の舞台裏 コンサル人材を自社で育成する強みとは?
NECが5月、新たなDXブランドとして価値創造モデル「BluStellar」(ブルーステラ)を立ち上げた。なぜ新たにブランドを設立したのか。その強みは? NECマーケティング&アライアンス推進部門長の帯刀繭子さんに聞いた。
孫正義「A2Aの世界が始まる」 数年後のAIは“人が寝ている間に”何をする?
ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は、個人専用のAIが予定の管理や買い物などを代行する「パーソナルエージェント(PA)時代」が数年以内に到来するとの見方を明らかにした。






