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【2026年に義務化】サステナビリティ開示 製造・自動車・物流業界が取るべき対応と課題

2026年、日本企業のサステナビリティ対応が大きな転機を迎える。目前に迫る制度変化を“経営の分岐点”と捉え、企業にいま求められる体制構築と情報設計の在り方を考察する。

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 2026年、日本企業のサステナビリティ対応が大きな転機を迎える。

 国内では、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の開示義務化が始まり、企業は非財務情報の“見える化”と“説明責任”を求められることになる。さらに欧州を中心に、企業レベルでの情報開示に加え、製品レベルでの排出情報開示を求める制度も相次ぎ導入され、グローバルに事業を展開する製造業・自動車・物流業界は、情報整備と開示の両面で強い対応圧力にさらされている。

 だが、本質的な問いは「制度にどう対応するか」ではない。「非財務情報を経営にどのように生かすか」である。

 本稿では、目前に迫る制度変化を“経営の分岐点”と捉え、企業にいま求められる体制構築と情報設計の在り方を考察する。


2026年、日本企業のサステナビリティ対応が大きな転機を迎える(以下写真提供:ゲッティイメージズ)

「開示の時代」に問われる、経営の意思と準備

 2026年から、有価証券報告書でのサステナビリティ情報開示が本格化する。

 SSBJ(サステナビリティ基準委員会)は、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の開示基準をベースとした国内基準の整備を進め、企業は、(温室効果ガスの排出量である)GHG排出量や気候リスク、ガバナンス体制などの情報を、財務情報と同様の精度と整合性をもって開示することを求められるようになる【1】【2】。

出典・参考文献

【1】サステナビリティ基準委員会「サステナビリティ基準委員会がサステナビリティ開示基準を公表」

【2】金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」中間論点整理の公表について:金融庁

 これは、単なる開示情報の粒度の話ではない。

 「なぜその目標を掲げているのか」「そのリスクにどう備えるのか」といった企業の判断の背景と、戦略の一貫性を、経営として“語れるかどうか”が問われる時代が到来するということだ。

 加えて、欧州ではCSRD(企業サステナビリティ報告指令)に加え、CBAM(炭素国境調整措置)やバッテリー規則、さらにはESPR(エコデザイン製品規則)といった、製品単位での排出情報開示を求める制度が相次いで施行されている。これにより、法人単位の開示対応だけでなく、製品別・工程別のGHG算定体制の整備が不可避となっている【3】【4】【5】。

 制度対応と市場要請の両圧力が同時に高まる中で、今取り組まなければ間に合わない──そんな“時間的猶予の少なさ”が、「サステナビリティ2026年問題」の本質といえる。

現場はどう動いているのか 物流・製造・自動車業界の実態

 制度対応の重圧が高まる中、物流・製造・自動車業界では、Scope3排出量と製品後の排出量の整備が求められており、現場を超えた企業としての対応が急務となっている。これらの業界は、サプライチェーンの中核を担い、輸送・原材料・部品など多様な排出源を内包しており、従来の管理手法の延長では対応しきれない構造課題を抱えている。

物流業界 Scope3「カテゴリ4・9」対応の現場は今

 物流業界では、荷主企業からの排出量開示要請が急増している。Scope3における「カテゴリ4(上流の輸送・配送)」と「カテゴリ9(下流の輸送・配送)」への対応が焦点となるが、以下のような課題に直面している。

  • データが紙・Excelベースで属人管理され、リアルタイム性に欠ける
  • 荷主ごとの開示基準や排出係数が異なり、変換・整形の業務負荷が高い
  • 運行管理システムと排出量算定基盤が連携しておらず、手作業が前提

 一部の先進企業では、燃料データと排出量算定ツールを連携させ、排出量の自動算定・即時レポート化を進めている。しかし、荷主企業との情報連携設計やフォーマット整備も不可欠であり、業界全体での標準化が急がれている。

製造業 CBAM・ESPRに対応する「製品単位」の情報設計へ

 製造業では、Scope1・2の算定体制が整いつつある一方で、Scope3の深掘りと製品単位の排出量管理が喫緊の課題となっている。とりわけ注目されるのが、欧州による2つの制度的圧力である。

CBAM(炭素国境調整メカニズム)

 鉄鋼・アルミ・肥料などを対象に、EU域内への輸出製品に対して排出原単位の提出などを義務づける制度。対応のためには、拠点別・製品別・国別の排出量把握と算定体制の確立が必要不可欠だ。

ESPR(エコデザイン製品規則)

 あらゆる物理製品に対し、環境性能情報の開示を義務づける枠組み。対象は段階的に拡大され、最終的には「デジタル製品パスポート(DPP)」によるカーボンフットプリント、リサイクル率、素材由来などの情報提供が求められる。

 こうした制度に対応するには、原材料・部材・工程・輸送を含めたLCA(ライフサイクルアセスメント)インベントリの構築と、それを継続的に更新・活用できる情報基盤が必要となる。先進企業の中には、PLM(製品ライフサイクル管理)と排出算定ツールを統合し、製品単位の環境情報を体系化する取り組みも見られる。

自動車業界──バッテリーから完成車へ広がるLCA対応

 自動車業界では、EUバッテリー規則の発効により、2024年からEVバッテリーの炭素フットプリント開示が義務化された。今後は再生材使用率の開示、さらに完成車全体のLCA開示義務化も視野に入っている。

 対応には以下のような体制構築が求められる。

  • BOM(部品表)に排出原単位を紐づけた算定ロジックの構築
  • サプライヤーへのデータ提供要請と標準化支援体制
  • 設計・調達・生産・品質管理部門を跨いだ情報統合基盤の整備

 複数の完成車メーカーでは、PoC(概念実証)段階を超え、LCA算定と連携した製品戦略の設計に入っており、部品単位のデータ整備が全社的なテーマとなりつつある。

共通課題:制度対応を“仕組み”に変える組織設計

 業界を問わず共通するのは、以下のような構造的課題である。

  • 属人的・非構造化されたデータ収集プロセス
  • 部門間で分断された情報責任と運用スキーム
  • 製品レベルと法人レベルの情報粒度の違いへの未対応

 制度要請を“業務部門任せの対応”で乗り切る時代は終わった。情報設計・プロセス設計・KPI設計を含めた全社的な実装体制の構築が不可欠である。

まとめ:開示対応を経営の武器に変えるために

 2026年以降のサステナビリティ情報開示は、単なる法対応ではなく、企業の経営姿勢と変革力を測る“試金石”になる。制度対応・外圧対応を単発で終わらせるのではなく、情報を経営の意思決定に生かす仕組みと、それを支える体制を持つかどうかが企業競争力および企業価値を左右する分かれ目だ。

 製造業・自動車・物流業界が直面するのは、もはや“何を開示するか”ではなく、“開示できる体制を構築しているか”という問いである。組織全体を巻き込んだ構造設計と情報設計が、これからの経営基盤である。

著者情報:青井宏憲 Booost株式会社 代表取締役

2010年よりコンサルティングファームで、

スマートエネルギービジネス領域を管掌し、スマートエネルギー全般のコンサルティング経験が豊富。

2010年よりこの業界で知見を積み、

創エネ、省エネ、エネルギーマネジメントに精通。

2015年4月、booost technologies株式会社を設立。

Sustainability ERPをローンチし、時価総額5000億以上のエンタープライズ上場企業を中心に、85カ国以上、約2000社19万2000拠点以上(2025年2月時点)の導入を推進。

サステナビリティ関連財務情報開示全般の深い知見を持つ。

Green×Digital Consortium運営委員。

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