疲れは「寝て取る」時代へ リポビタンDXが挑む、ブランド再構築の軌跡
「ファイトイッパーツ」で知られる大正製薬のリポビタンブランド。錠剤型の指定医薬部外品「リポビタンDX」は従来の疲労回復ドリンクとは異なる価値を打ち出し、ブランドの再構築に挑む。新たなマーケティング戦略に挑む大正製薬のマーケティング担当者に話を聞いた。
「ファイトイッパーツ」で知られる大正製薬のリポビタンブランド。
かつては、多くのビジネスパーソンが仕事を気合いで乗り越えてきた時代があった。だが今、その象徴的なキャッチコピーとは一線を画す新しいポジショニングによって再起を図る商品がある。それが、錠剤型の指定医薬部外品「リポビタンDX」だ。
大正製薬は、新宿高島屋のイベントスペースで、ソファーなどでくつろげる空間を演出し、製品を訴求する「お休み前の疲労ケア」の価値を体感してもらうイベントを開催した。
イベントのキーワードは「持ち越し疲労」。従来の疲労回復ドリンクとは異なる価値を打ち出し、ブランドの再構築に挑む背景には、生活者の疲労感に対する価値観の変化があった。世の中の価値観の変化、ブランドポジショニングの再定義など、新たなマーケティング戦略に挑む大正製薬のマーケティング担当・梶浦雅史氏に話を聞いた。
言語化されない疲れ 2人に1人が感じる「朝の持ち越し疲労」
「現代人の疲労感に関する調査/大正製薬」によると、40〜50代の9割以上が、日常生活で疲労を感じていることが分かった。疲れを感じる人の2人に1人が朝の持ち越し疲労を実感している。
朝の持ち越し疲労を感じている期間は慢性化しており、約3人に1人が仕事に集中できないほどの重い疲れを感じていることが分かった。
一方で、疲労予防を実践している人は少なく、現代人の朝の持ち越し疲労予防には、積極的な疲労回復手段が必要だという。そこでリポビタンDXは、朝の持ち越し疲労を予防する疲労マネジメントを提案する。
「頑張る」から「整える」へ 価値観の転換と顧客との対話
キーワードとなる「持ち越し疲労」は、同社がここ半年で導き出した新たな訴求軸だ。「睡眠の質」や「細切れ睡眠」など、従来訴求してきた軸では反応が限定的だった。そこで日中に疲れを残す慢性的な疲労感に悩む声を拾い、「寝る前に飲んで朝を快適に迎える」予防的コンセプトへと軸足を移したのだ。
この変化の背景には、顧客との地道な対話がある。イベント会場での来場者のインタビュー、定量調査、ECでの購入者レビュー、対面でのリアルな反応など、多様なチャネルで得られる顧客の声を反映。「飲んだら疲れが取れる」だけでなく、「なぜ・いつ・どうやって飲むべきか」という文脈を丁寧に説明するマーケティングが求められた。
「リポビタン=疲労時の即効ドリンク」からの脱却 ブランド価値の再定義
「(指定医薬部外品である)リポビタンDの延長線だと思われてしまうことが最大の課題でした。DXは、ノンカフェインで、睡眠サポート成分を含む全く別のプロダクトなのですが、あまりにもリポビタンDのイメージが強かったのです」
同じブランド名を冠しているがゆえに、新しいベネフィットの伝達が難しいというジレンマに直面していたという。
「リポビタンDは、疲れた時に飲むという即効性が期待されるブランドでしたが、リポビタンDXは、疲労を予防するための日々の習慣として設計しています」
従来のドリンク剤に加え、現在リポビタンシリーズには、ドリンク・ゼリー・錠剤の三剤型が存在する。それぞれの生活スタイルやニーズに応じた3本柱としての位置づけを明確にし、ブランドの裾野を広げる戦略を取った。
ブランドターゲットの若返り戦略とメディア選定
現状、リポビタンDXの主な購買層は50代が中心だ。今後は30〜40代への認知浸透が課題となる。特に女性が男性より2倍以上多く「仕事と家事の両立」で疲れを感じるという調査結果が出ており、疲れ要因に男女で差があることが分かった。
「若槻千夏さんのような、40代で育児や仕事を両立する女性をイベントでキャスティングしたのは、まさに新しいユーザー層に届ける意図からです」と梶浦氏。
テレビCMではなく、イベント、SNS、ECレビュー、インフルエンサーの起用などを通じ、エナジードリンクやサプリメントに親しむ層にも訴求していく構えだ。また、レッドブルやモンスターエナジーのようなエナジードリンクとの違いも明確に打ち出す。「リポビタンDXは慢性的な疲労に向き合う製品です。寝る前に飲む習慣として訴求していきたいです」
製剤技術×マーケティングの共創
リポビタンDXは、1回3錠を目安とする錠剤型の製品だ。「飲みやすさについては徹底的にこだわった」と話す。成分の特性上、特有のビタミン臭が出やすいビタミンB群のコーティング処理、小型化による飲み込みやすさ、成分と添加物のバランスなど、開発者と密な連携を心がけたという。
「製品に込めた技術やこだわりを、どう生活者に伝えるか。それがブランドマネージャーの仕事ですし、腕の見せ所です」と梶浦氏。製品差別化が難しくなっている今、体験価値やメッセージ性を通じた気付きの提供こそがブランド構築の核心となる。
また、梶浦氏がマーケターとして大切にしているのは、「悩みの顕在化」と「一貫したメッセージ設計」だという。
「朝の持ち越し疲労という訴求も、ある意味で言語化されていなかった不調を掘り起こす作業でした。顕在化されていないニーズを見つけ出し、そこに製品を重ねていくことで、新しい市場を創出できると信じています」
かつての「ファイトイッパーツ」から、今は「疲れを持ち越さない」へ。リポビタンブランドは、社会と共に価値観の転換を図っている。「製品は変わらなくても、伝え方を変えることで、ブランドは再び支持されるはずです」
そう語る梶浦氏の目は、すでに次の挑戦を見据えている。
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