エキスパートの力を借りて砂漠の生き物を撮る:山形豪・自然写真撮影紀
ナミブ砂漠は一見すると不毛の地のように見えるが、実はユニークな生き物たちの宝庫だ。しかし撮影に際しては現地エキスパートの力を借りる必要がある。
9月初めから2週間ほど、ナミビア共和国 大西洋岸の町スワコプムントに滞在した。目的はナミブ砂漠を住みかとする数々のユニークな生き物たちを撮ることにあった。しかし、ナミブ砂漠は想像を絶する広大な砂と岩の世界であり、食うもの食われるものを問わず、あらゆる生物が身を隠すことにしのぎを削っている場所だ。経験も知識も浅い私の力では、なおかつ2週間程度の滞在では到底、まともな撮影結果を期待できなかった。
そこで今回、自分としては珍しく現地エキスパートの手を借りることにした。撮影アシストをお願いしたデイン・ブレイン(Dayne Braine)さんはナミビア生まれナミビア育ち。父親がもともと国立公園の自然保護官だったことから、幼少期より大自然の真っただ中で育ってきた人物だ。
現在ではスワコプムントを拠点にバティス・バーディング・サファリズ(Batis Birding Safaris)というサファリ会社のガイドをしている。驚異的な視力と、生き物を見付ける野性的な「勘」を持ち合わせ、写真やカメラにも関心が高いため、撮影ガイドとしては実に頼もしい人物だ。
彼との出会いは今年6月。私が撮影ツアーでナミビアを訪れた際、現地ドライバー兼ガイドとして同行してくれたのがきっかけだ。以来意気投合し、砂漠での撮影ガイドをお願いしたところ、快く引き受けてもらった。私同様ニコンユーザーである点も、気が合った理由のひとつかも知れない。
今回のフィールドで目当てとしていた被写体は何種類もいたのだが、メインはナマクワカメレオンとミズカキヤモリ、そしてペリングェイアダーと呼ばれる小型のクサリヘビ(マムシの仲間)だった。これらはナミブを代表するは虫類であり、その姿形や生態など、どれをとっても実に面白いのだ。
ナマクワカメレオンは、全長25センチほどの、ナミブ砂漠に暮らす唯一のカメレオンだ。樹木のない環境で、エサとなる昆虫や隠れ家を求めて茂みから茂みへと移動するため、カメレオンにしては脚が速く尻尾が短い。移動中であれば比較的容易に見付けられるこのは虫類も、一度、茂みに同化してしまうと非常に見えづらくなる。
地面に残された足跡をたどるのが最も有効な手段なのだが、風の強いナミブでは砂の上の足跡もすぐにぼやけてしまうので、素人目には新しいのか古いのかがなかなか分からない。しかし、私には砂上の風紋にしか見えなかった模様もデインさんは的確に読み取り、大小数匹のカメレオンを見付けてくれた。
ミズカキヤモリはその名の通り脚に水かきがあり、体が半透明の非常に美しいヤモリだ。水かきは砂を掘るためのもので、日中は砂の中で過ごすため、撮影に際しては、少し可哀想ではあるが掘り出すしかない。
巣穴の入り口は比較的容易に見付けられるものの、形がサソリ類のそれと類似しているため、間違ってサソリの穴に手を出すと大変な目にあう危険性もある。無知や経験不足が招く災難というものは確実に存在するのだ。また、掘り出し方にも注意が必要で、下手なやりかたをすると、ヤモリの尻尾を切ってしまったり、圧死させてしまったりするそうだ。やはり未経験者はうかつに手を出さないほうがよいと痛感した。
今回のターゲットの中で最も発見が困難だったのがペリングェイアダーだ。目だけを砂から出した状態で獲物を待ち構えるという独特の手法で狩りをするため、目の前にいても素人にはまず分からない。しかも前述の二種よりも個体数が少ないため、生息環境や生態にまつわる詳しい知識と経験なしには見付けられないのだ。
全長25センチ程度というクサリヘビとしては非常に小型である点も難度を上げている。毒蛇でもあるので、ヤモリのように手で砂を掘って探すというわけにもいかない(弱毒性なので、成人であれば噛まれても数日間痛みでのたうち回る程度で済むというが……)。今回は砂の上に残されたわずかな痕跡(ヘビがはった跡)を頼りに、見事2匹のペリングェイアダーを見付けてもらい、多くの写真を撮ることができた。
普段アフリカでの撮影に際しては、ガイドなしで行動することは以前にも述べたと思う。自然写真の現場では他人の介在が邪魔に感じることが多いし、写真の結果に悪影響を及ぼしかねないからだ。しかし、それが許されない状況や被写体も存在するし、ウマの合う相手であれば、逆に撮影内容も効率も一気に上がる可能性がある。その意味で、デインさんとの出会いは自分にとって非常に幸運だった。彼とはこの先も様々なフィールドで行動をともにすることになるような気がする。
著者プロフィール
山形豪(やまがた ごう) 1974年、群馬県生まれ。少年時代を中米グアテマラ、西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。国際基督教大学高校を卒業後、東アフリカのタンザニアに渡り自然写真を撮り始める。イギリス、イーストアングリア大学開発学部卒業。帰国後、フリーの写真家となる。以来、南部アフリカやインドで野生動物、風景、人物など多彩な被写体を追い続けながら、サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。オフィシャルサイトはGoYamagata.comこちら
【お知らせ】山形氏の著作として、地球の歩き方GemStoneシリーズから「南アフリカ自然紀行・野生動物とサファリの魅力」と題したガイドブックが好評発売中です。南アフリカの自然を紹介する、写真中心のビジュアルガイドです(ダイヤモンド社刊)
関連記事
- 山形豪・自然写真撮影紀:アオリレンズをフィールドで使う
アオリレンズは建築や商品の撮影に使われるレンズという印象が強い。しかし、自然写真や街角スナップなどでも結構使えて面白いのである。 - 山形豪・自然写真撮影紀:水場に集まる野生動物を撮る
車に乗ってサバンナを駆け回り、動物たちを撮影するというイメージが強いサファリだが、時として水場で待ち構えるのも有効な手段である。 - 山形豪・自然写真撮影紀:「AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR」をアフリカで使い倒す
春に発売となった「AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR」を11日間のナミビア・ツアーで使ってみた。自然写真愛好家待望の新型、その実力は。 - 山形豪・自然写真撮影紀:南部アフリカのツルたち
本でネイチャーフォトを撮る者にとって、釧路湿原のタンチョウヅルは非常に有名だが、実はアフリカ大陸にもツルの仲間が数種類生息している。今回はそんなツルについて - 山形豪・自然写真撮影紀:アフリカでアウトドア用品は買えるのか
キャンプ生活をしながら撮影をするアフリカのフィールドでは、テントの存在は極めて重要だ。そんなテントを破壊される「事件」が昨年発生した。 - 山形豪・自然写真撮影紀:ナミビアへの誘い その3 ヒンバ族
これまではナミビアの自然をご紹介してきたが、今回は独特な伝統文化を維持してきた先住民族についてだ。 - 山形豪・自然写真撮影紀:ナミビアへの誘い その2 オットセイのコロニーとサケイの群れ
前回は様々な種類の動物と出会えるエトシャ国立公園についてだったが、今回はナミビアで生き物の大群を撮影できる場所をご紹介する。 - 山形豪・自然写真撮影紀:ナミビアへの誘い、その1 エトシャ国立公園
アフリカ南西に位置するナミビア共和国。ケニアやタンザニアに比べると知名度は低いが、さまざまな魅力にあふれている。その魅力を自然写真家の視点でご紹介したいと思う。 - 山形豪・自然写真撮影紀:野生の楽園 オカヴァンゴ・デルタをカヌーで行く
野生の楽園として世界的に知られるボツワナのオカヴァンゴ・デルタを体感するにはカヌーによるキャンピング・サファリがお勧めだ。 - 山形豪・自然写真撮影紀:ハイエナのお味はいかが?
肉食獣が草食獣を捕食することが当たり前のアフリカの野生環境。では、死んだ肉食獣は誰が食べるのか? - 山形豪・自然写真撮影紀:アフリカで超ローアングルから野生動物を撮る
ボツワナ、マシャトゥ動物保護区に今年オープンした施設では、普通のサファリでは絶対不可能な超ローアングルから動物たちを撮れるようになった。今回はこの野生動物写真家垂涎(すいぜん)のスポットについて。 - 山形豪・自然写真撮影紀:アフリカで感じた、ニコン「D4」の問題と不満
ニコンのフラグシップ機「D4」を導入してアフリカに2カ月ほど滞在した。前回は連写やフォーカストラッキングなどについて話したが、今回は南アフリカのフィールドで使ってみた感想を述べさせていただく - 山形豪・自然写真撮影紀:ニコン「D4」でアフリカの野生動物を撮る
久しぶりのアフリカ長期滞在に備えて、ニコン「D4」を導入した。約2カ月に渡って、フィールドワークのともにD4を携行した感想を述べてみたい。
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.