自由だった時代の残光――マイネッテ「スーパーロック50」:矢野渉の「金属魂」Vol.35
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回はまだカメラが銀塩フィルム全盛だった時代へさかのぼる。
背の高い一眼レフが憧れだった
まだ写真が銀塩フィルムだった時代の話だ。
写真を趣味で楽しんでいた頃、僕の持っていた一眼レフはアマチュア用の普及機だった。プロ用とされるフラッグシップモデルは値段がとんでもなく高く、しかもさまざまなアクセサリが用意されていて、憧れの的だった。システムでそろえると、若者には非現実的な値段になっていく。
今はとても手がでないが、いつかは、と思わせるフラッグシップ機は、巧妙に下位の機種との差別化を図り、別格の存在感を放っていたのだ。
まずファインダーが交換可能なこと。デフォルトのアイレベルのほかに、スポーツファインダー、ウエストレベル、露出計をファインダー内に入れ、モーターで絞りを動かすAEファインダーなど、その時代のプロに必要とされるさまざまな機能のモデルが用意されていた。
もう1つの差別化が「モータードライブ」だった。ファインダーは、下位機種でもアングルファインダーやマグニファイヤーを取り付けたりして同じような使い方ができたのだが、モータードライブだけはどうしようもなかった。これは一眼レフ本体の下に取り付けて、フィルムを秒5コマほどの高速で巻き上げる機構だ。普及機にはそもそもモータードライブという設定が最初からないのである。
プロカメラマンはシャッター音に加えてこのモーターの巻き上げ音によってモデルの気分を上げていくのだという話を聞いて、僕の憧れは最高潮になった。
その頃のモータードライブは、単三電池を10〜12本も内蔵するものだったので、これを付けると一眼レフの本体は倍ぐらいの高さになり、それに加えて格好のいいグリップが用意される。この、背の高い一眼レフこそがプロの証しだ。欲しい、しかし買えない。
マイネッテからの福音
悶々(もんもん)としていた僕の前に、救世主のような製品が現れた。ヨドバシカメラの地下で、僕は「フィルムケースグリップ」(確かそんな名だった)を見つけたのである。遠くから眺めると、どう見てもモータードライブだ。しかし値段は安い。その正体はただのカメラグリップなのだが、明らかに「狙って」かなり大柄に作ってある。ボディは張りぼてでがらんどうだから、さすがに気が引けたのか、内部はフィルムが内蔵できるようになっていた。確か35ミリフィルムが3本収納できたと思う。
この、お茶目な製品を世に出したのがマイネッテ(みなと商会)という会社だった。結局、僕はフラッグシップの一眼レフが買えるようになるまで、このグリップを使い続けたのだ。マイネッテという写真用品メーカーは、ある意味僕の心のスキマを埋めてくれたのである。
もちろん本物のモータードライブではないから、気を使う部分はあった。街でちゃんとした一眼をぶらさげている人を見かけたらバレないように距離を置くとか、親指でフィルムを巻き上げるところを見られないように目にも留まらぬ速さで巻き上げるとか、何か僕は写真とは関係のない部分に血道を上げていたような気がする。まあ、これが若さというものなのだろう。
消えていくマイネッテに最後のあいさつを
マイネッテが危ない、といううわさを聞いたのは2004年、僕がプロカメラマンになってから20年以上過ぎてからのことだった。人気のLowepro(ロープロ)※というカメラバッグの日本総代理店だったから安泰だと思っていたのだが、そのLoweproが店頭から消えたのだ。
そのうちに、もうあっという間にマイネッテのブランドは市場からなくなり、みなと商会は倒産してしまった。何が原因でこの名門の用品メーカーが逝ってしまったのか、僕はその原因も分からずに軽い喪失感を感じていた。あの強烈な「フィルムケースグリップ」を世に出してくれた会社はもうないのだ。
やがて始まった倒産セール。マイネッテの製品が投げ売られている。僕は何かを買って若い頃に世話になった会社に御礼と供養の気持ちを表そうと思った。
何がいい? きっとマイネッテらしいものがふさわしいのか。でも途中で考えを変えた。金属がいい。時間がたっても存在感が変わらないものがいい。そうすればいつまでもマイネッテのことを思い出せるから。たとえ僕が死んでも、それでも変わらずに残っているものがいい。
「スーパーロック50」は最適な遺品だった。あれから10年以上たったが、変わらずにそれはここにある。
ボールヘッド。日本語では「自由雲台」と言う。マイネッテが自由だった時代は、もう随分と昔のことになってしまった。でも僕は最後まで「フィルムケースグリップ」を忘れない。もしかしたら写真を一番楽しんでいたかもしれない時代だから。
スーパーロック50は、あの時代を思い出させてくれる大切な金属なのだ。
※Loweproはアメリカのカメラバッグブランド。現在はハクバ写真産業が国内で販売している。
関連記事
- 矢野渉の「金属魂」出張編:母に愛される、幸せな“お守り”──「富士通らくらくスマートフォン3」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は「Business Media 誠」の出張版。このスマホは「僕らより時間がゆっくり流れている、親世代の“お守り”」なのである - 矢野渉の「金属魂」Vol.34:漫画神の贈り物――「ゲームボーイライト 手塚治虫ワールドショップ限定モデル」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は「漫画の神様」との対面を振り返る。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.33:キヤノンが挑戦者だったあの頃――僕はC.P.Eのアルミトランクとともに
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回はキヤノンがチャレンジャーだったあの頃をふと思い出す。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.32:肉にコショウ、とんかつにソース、金属には革を――「HTC J One」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は1台のスマートフォンを通じて、金属と革とのせめぎ合いを描く。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.31:“Made in Japan”の誇りを取り戻せ――「Mebius MURAMASA PC-MV1-C1W」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回はかつてシャープが注力したモバイルノートPCの名機を振り返る。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.30:金属に頼りすぎた結末――「WiNDy」の光と影
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。記念すべき第30回は、かつて自作PC市場を大いに盛り上げた、あのブランドをしのぶ。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.29:デジタルフォトに“1枚の重み”を――愛すべき「ケーブルレリーズ」たち
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。氏がカメラとともに愛用する4本のケーブルレリーズとは? - 矢野渉の「金属魂」Vol.28:オトコはぶらさげてナンボである――コシナ「VC METER」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。氏が今日もぶら下げて行動を共にする金属とは……。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.27:僕がマルチツールを持ち歩く理由――「GERBER Multi-Plier 600 Needlenose」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回はプライヤー型マルチツールの深遠なる世界へ。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.26:ユニボディとは違う“精密の美”を掘り起こす――アルミダイキャスト
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は、“実用が生み出す美しさ”を秘めた金属に迫る。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.25:フジヤカメラから新井薬師へ――お守りという金属
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回はあのころの中野、新井薬師へタイムスリップする。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.24:トライポッドの恋人――Tiltall「TE01B」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。氏がさまざまな出会いと別れを繰り返し、たどり着いた究極の三脚とは? - 矢野渉の「金属魂」Vol.23:ロボットと暮らす夢がかなった幸せ――ソニー「AIBO ERS-111」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は、あの“自律型エンターテインメントロボット”を再起動する。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.22:存在の耐えられる“重さ”――TEACの光学ドライブ
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は、CD-Rドライブが最も熱かった時代までさかのぼる。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.21:そのファン、爆風につき――DELTA「FFB0812EHE」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は疾走する時代が生んだ、自走するファンの物語。回転はロマンである。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.20:謎のじゅもん“チッカチタン”をとなえた!――「CONTAX T3 チタンブラック」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は高級コンパクトカメラの名機と、謎のじゅもんに迫る。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.19:プロダクトに宿る“魂の声”を聴け――「WinBook Trim 133」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は知る人ぞ知る、ノートPCの名機を久しぶりに起動してみる。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.18:奇妙な金属たちと歴史の旅へ――「PC98-NX」と「Winkey」のキーホルダー
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は時代を彩ったPCの関連グッズから、2つの金属を取り出した。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.17:壁の崩壊をもたらすもの――「サイバーツールズ」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回はアウトドアとか山ガールとか、一体何の話なんです!? - 矢野渉の「金属魂」的、デジカメ試用記:「金属魂」的、FinePix X100のある生活(金属と皮の濃密な関係)
絶対買うと意気込んでいたわけではないが、手にするしかないと思った。カメラマン 矢野渉氏と、「革」を注ぎ足したFinePix X100の生活は始まったばかり。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.16:改行の所作がまだ美しかったころ――Olivetti「Lettera 32」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第16回はPCやワープロの前に活躍した名機を振り返る。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.15:僕の思想すら変えてしまったマウス――「カトキハジメマウス」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第15回は……全マウスユーザーを揺るがす問題作!? - 矢野渉の「金属魂」Vol.14:これぞ、日本の奥ゆかしさ――「KLASSE」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第14回は、同氏が“最も日本的な高級コンパクト”という一品だ。 - 矢野渉の「金属魂」的、デジカメ試用記:5と7を使い分けてこそ――ペンタックス「K-5」
カメラマン・矢野渉氏が被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。PENTAX「K-5」の第2回は作例中心に、K-7との最大の相違点、撮像素子について考える。 - 矢野渉の「金属魂」的、デジカメ試用記:過去と未来への仕掛けを備えたカメラ――ペンタックス「K-5」
カメラマン・矢野渉氏が被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。PENTAX「K-5」は一見、K-7からの変化が少ないように見えるが、そこには過去と未来、双方に向けての「仕掛け」が施されている。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.13:それは未知なる“黄金の回転”――「Majesty」&「Super Orb」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第13回は、過剰に進化していった回転体のお話。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.12:ようこそ、大人の世界へ――「Ai Nikkor 45mm F2.8P」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第12回は、レンズの名品を回顧する。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.11:ブルーメタリックとメランコリックな記憶の中で――「Let'snote CF-A1R」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第11回は、パナソニックの「Let'snote CF-A1R」だ。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.10:1980年のオリーブドラブ――「Canon F-1 OD」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。記念すべき第10回は、キヤノンの「Canon F-1 OD」だ。 - 矢野渉の「金属魂」的、HDD使用記:あえて“傷をつける”ことで高めた存在感――「LaCie rikiki」
カメラマン・矢野渉氏が被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回の番外編は、USBポータブルHDD「LaCie rikiki」のヘアラインに思いをはせる。 - 矢野渉の「金属魂」的、ノートPC試用記:書道の一筆に通じる迷いなく引かれた線――ソニー「VAIO Z」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回の番外編は、高級モバイルノートPC「VAIO Z」にフォーカスする。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.9:花園から暗黒面へと落ちる――HP Mini 110“淡紅藤”
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第9回は日本HPのNetbookだ。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.8:Pentium & Pentium Proに見るCPUの品格
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第8回はインテル製CPUの思い出だ。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.7:ガシャポンに宿る友情――ポケモンがつなぐもの
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第7回はポケモンフィギュアの思い出だ。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.6:“赤い金”にあこがれて――純銅製CPUクーラーと戯れる
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第6回は純銅製CPUクーラーのよもやま話だ。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.5:光の行方に思いを寄せて――ミノルタ「TC-1」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第5回は旧ミノルタの「TC-1」だ。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.4:ビクトリノックスが守り続けるもの――「スイスツール」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第4回はビクトリノックス「スイスツール」だ。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.3:タテ位置に込められた思い――オリンパス「Pen-EE」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第3回はオリンパス「Pen-EE」だ。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.2:時代を逆走した野人――Quantum「Bigfoot CY」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第2回はQuantamの5.25インチHDD「Bigfoot CY」だ。 - 矢野渉の「金属魂」Vol.1:初まりは“Z”から――ソニー「VAIO NOTE Z」
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす新連載「金属魂」がスタート。第1回はソニーの「VAIO PCG-Z1/P」だ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.