男子だったらハンマートーン――STANLEY「Classic Vacuum Bottle 25oz」:矢野渉の「金属魂」Vol.36
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回のテーマは、撮影の気分を上げてくれる「水筒」である。
大切なのは水分補給
生まれながらの汗っかきである。夏はタオルが欠かせないほどだ。おまけにカメラマンという仕事はシャッターの瞬間に緊張が高まるので、さらに発汗してしまう。
撮影スタジオというところがまた暑いのだ。最近はLED照明などもあるが、色温度や発色のことを考えると、やはり昔ながらのストロボ(ハロゲンのモデリングランプ付き)や蛍光管の光源を使うほうが安心できる。これらが発する熱で、スタジオは常に気温が高めだ。
汗をかいたら当然、水分補給が必要になる。だから、自宅から徒歩7分ほどのところにあるマイスタジオに撮影に出かけるとき、僕はいつも冷たいお茶を入れたステンレスボトルを背負って行く。
自分のスタジオで商品撮影などをするようになって15年ぐらいになるが、最初のうちはこのステンレスボトルにとても違和感があった。1リットルの容量の、シルバーの、いかにも「水筒」といったデザインのものを使っていたのだが、これがどうにも具合が悪い。保温性能はまったく問題はない。しかしその容量と佇(たたず)まいが問題だった。
お茶を飲みながら普通に撮影をして、終わった時点でお茶が中途半端に残ってしまうのだ。500ミリリットルだと明らかに足りないが、1リットルでは多すぎる。この落ち着きの悪さが撮影の度にあった。
もう1つの問題はこのボトルの見た目だ。徒歩7分とは言え、僕は歩きながら撮影に向けて気合を入れている。もっと言えばライティングの細かいところの作り込みを考えながら歩いている。それなのにこのピクニックに出かけるように見えるボトルは、張りつめた気分を削(そ)ぐ。通りすがりの人から「お気楽に生きている人」などと思われているとしたら耐えられない屈辱なのだ。
だから、僕は何年も理想のステンレスボトルを探していた。しかし、1リットル未満で500ミリリットルを超える容量のボトルは種類が極端に少ない。加えてちょっと尖(とが)ったデザインのもの、という条件だとさらに探すのが困難になった。
ステンレスボトルにも男子の選択
数年前、長年の懸案だったステンレスボトル問題もついに解決されることになった。このSTANLEY(スタンレー)の25オンス(750ミリリットル)モデル「Classic Vacuum Bottle 25oz Hammertone Green」を見つけたのだ。容量は理想に近く、デザインはレトロな、アーリーアメリカン調だ。
僕はこのボトルを初めて見たとき、なぜか「軍隊」を感じた。アーミーグリーンのような色は直接そう感じるが、僕の感覚が強く反応したのは、その「ハンマートーン塗装」のほうだった。
もともとは金槌(かなづち)で金属を打ち付けて表面をでこぼこにする加工なのだが、塗装でも、1度塗った塗料を高温でもう1度焼くことによってでこぼこの、でも表面はつるりとした独特のサーフェスができあがる。僕はこのハンマートーンに「軍隊」を、素直に感じたのだ。
その感覚のルーツは自分でもよく分かっている。仕事で慣れ親しんだGitzo(ジッツオ)の三脚が、伝統的にシルバーのハンマートーン塗装だったからだ。そして、先輩から聞いた「Gitzoは戦時中は機関銃の台座だったんだ」という言葉。このときからハンマートーンは僕の中で「兵器」と同義となったのだ。
写真の世界はなぜか昔から軍事と重ね合わすことが多い。スポーツや、野生動物などの写真を望遠レンズで撮ることを「Shooting」、つまり銃で撃つ、と言ったりする。日本のカメラメーカーの多くが戦時中は銃の照準器などを作っていたこともその1つの理由なのかもしれない。
このように写真はずっと男子の世界だった。なにしろ軍隊だから。でも今は女子の写真表現が幅を利かせている。その可愛(かわ)いらしい表現は好きだし、逆に超望遠レンズを振り回す、男子顔負けの女子もいる。
でも、このハンマートーンだけは男子のものだと思うのだ。ハンマートーン仕上げで女子向けの製品を僕は知らない。これは男子だけが皮膚感覚で感じることができるものなのだろうと思う。
STANLEYを小脇に抱えるだけで滾(たぎ)るものがある。大きさが何か大砲の弾のようでもある。男子はこんなとき、本能的に身構えて仮想の敵を探すのだ。
幸せな行軍
STANLEYには肩掛けベルトも付いていないからどうしたものかと思ったが、手持ちの物をいろいろと探してみたら、昔使っていたLowepro(ロープロ)のレンズケースが出てきた。80-200mmレンズ用にあつらえたものだったが、これがSTANLEYの直径とジャストなサイズだった。カップの部分が外に飛び出るが、なかなかいい感じだ。ウレタンが1センチほどの厚さなので保温性も期待できる。
STANLEYをぶら下げてマイスタジオに向かう道程は、それまでとは別世界だった。僕は砲弾を背負って戦いの場に向かっている兵士だ。気分が高ぶり、ストイックに今日のライティングに集中することができる。写真とは直接関係のないこの金属が、僕の写真に強く影響を及ぼすのだから面白い。
もうすぐ空堀川だ。野口橋を渡ればすべてが整うだろう。スタジオはもうすぐだ。スタジオに着いたら取りあえずSTANLEYを肩から下ろし、冷たい日本茶を飲もう。
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