「読書革命」第2幕なるか? 再起動したKoboの反省と挑戦まつもとあつしの電子書籍セカンドインパクト(1/3 ページ)

2013年、電子書籍は新たな局面に直面していた。そんな変化の最前線を行く人々にその知恵と情熱を聞くこの連載。今回は、楽天の舟木徹執行役員にKoboの現在と目指す未来、そしてその戦略について聞いた。

» 2013年09月10日 08時00分 公開
[まつもとあつし,ITmedia]

 楽天koboは2012年7月の端末発売・ストア開設から1年が経った。この1年を振り返ると、立ち上げ当初の不具合、それに対するサポートの在り方、レビューが削除された件、タイトル数が約束された目標に届かず、Wikipediaの項目や楽譜が計算に加わるなど、悪い意味での話題を振りまき続けた、というのが読者の率直な印象ではないだろうか? カナダの電子書籍企業を買収するという思い切った一手で、「読書革命を実現する」と宣言した三木谷浩史社長の思いは、協力を呼びかけた出版社には届かず空回りしているようにも見えた。

 しかし、いまその潮目が少しずつ変わりはじめている。鍵を握るのは住友銀行からCCCを経て楽天に転じ、楽天オークション、楽天ブックスなどの経営に携わってきた舟木徹氏(楽天 執行役員 パッケージメディア事業 事業長)だ。

 舟木氏は「koboの立ち上げにあたっては混乱があり、顧客にも迷惑を掛けた」と素直に認めた上で、紙と電子の統合、そしてハイブリッド書店などのバリューチェーン全体の再構築を含めた具体的なイメージを語りはじめている。電子書籍に留まらない革命の第2幕の姿について詳しく話を聞いた。

投資を続けKoboの成長を継続する

楽天koboのユーザー推移。アプリのリリース後大きく伸びており、売り上げの成長にもつながっている(進捗共有会資料より)

―― 7月の電子出版EXPOの囲み取材で、「何か成長を示す数字を出してもらえませんか?」という質問をさせて頂きました(楽天koboはこれまでタイトル数以外の実績をほとんど示してこなかった)。そこで、売り上げが毎月約20%以上成長しているという数字が示され、潮目の変化を感じました。

舟木 グローバルに事業を展開するKoboですが、一番売れているのは創業の地であるカナダですが、この1年余りで日本がトップから数えて3、4番目になりつつある状況ですね。日本の売上規模の伸び率は大きいのです。

―― 日本が急激に伸びている主な理由は?

舟木 サービスや、コンテンツ数(取材時に約15万タイトル)の向上を図ったことがベースとしてあるのはもちろんですが、加えて3つの理由が挙げられます。

 1つ目はユーザー獲得に対してコストを掛ける時期だという判断の下、投資を行っていること。2つ目は戦略的な販売価格を設定していること。3つ目が、楽天ブックスとの連携を図っており、Koboとの相乗効果が上がりつつあることです。

―― Facebookも活用した各種キャンペーンなどコストを掛けてユーザー=母数の確保を図っているのは見てとれます。しかし、2つ目の価格戦略は、出版社からするとどの電子書店でも似たような展開、価格で書籍を販売しているようにみえます。そこに差をつけることに対して、出版社としては明確なインセンティブがないのかな、と思ったりもします。価格の部分で楽天koboは、どういう特色を打ち出そうとしているのでしょう?

舟木 確かになかなか難しいところですが、紙よりもコストは掛からないので、やはりお客さんが手に入れやすい価格で出していきたいと考えています。これはどの電子書店も同じだと思いますが。あとは出版社の皆さんと協調しながら価格戦略は作っていきたい。独善的にはできない話です。

田中はる奈さん(楽天イーブックジャパン事業副事業長、コンテンツセールス&マーケティング部 部長、以下敬称略) 紙より電子の方を安く設定されている出版社も多いので、今だと恐らく9割以上のコンテンツが、もともとの値段が(紙の書籍よりも)安い状況になっています。

 出版社によって温度感は違いますが、やはりマーケット拡大のために初期コストを掛けてキャンペーンを打つことには比較的前向きな出版社さんが多い印象です。ユーザーに電子書籍を体験してもらうハードルを下げるためにも、出版社の意向がある限り、価格を安くしていくことは継続的に続けていきたいと考えています。

―― 日本での展開の特色として、楽天ポイントの利用があります。Amazon Kindleとの差別化要因でもありますが、ポイント利用の実態は?

田中 ポイントの利用率は、楽天の他のサービスに比べてもかなり高いです。単価が安い商材ということもあり、ポイントだけ利用して本や雑誌を購入しているお客様も一定数います。特に、期間限定ポイント失効のタイミングで流通がぐっと伸びますね。むしろクーポン系のキャンペーンが、ロイヤリティを高めるために今は有効な打ち手となっていると感じています。

―― 先日のプレス向け進捗共有会では顧客の購買行動が幾つかのセグメントに分けられるという話をされていましたが、セグメントごとにどういった違いがありますか?

顧客のセグメント一例 過去にプレスに対して公開されたセグメントの一例

田中 そうですね。小説やビジネス本を好む顧客を我々は「シリアスリーダー」と呼んでいるのですが、この層はクーポンキャンペーンの告知メールを送っても正直あまり反応しないですし、購入冊数自体もさほど多くはないです。

 一方で我々が「コミックフリーク」と呼んでいる層や、クーポン大好き、といった「クーポンハンター」セグメントは非常に反応がいいですね。冊数を多く買うセグメントほど、利用率も高い傾向があります。

―― 日本のコミックはトータルの冊数が多くなる傾向はありますからね。

田中 ロイヤリティを高めるという意味では、「買い回り系」のキャンペーンが功を奏しています。例えば10冊買ったらクーポン何%バック、100冊買ったら100%バック、とかもやったりするんですよ。そういうキャンペーンを実施すると、アタッチレート(ユーザー1人当たりの購買冊数)の向上にも寄与しますし、普通の金額で買って頂いた後にクーポンを付与しますので、リピート購買の効果もあり、ヘビーユーザーの育成にも繋がっています。

―― しかし、せっかくキャンペーンを行ってもアマゾンKindleもすぐ追随するという出来事もありました。ネット上では、あれをやられては、楽天koboに限らず、どこも対抗し得ないのではないかという意見もありました。

舟木 しかし実際のところ、あのときもこちらのキャンペーンの成績は下がらなかったんです。正直、対抗策が出てくることは織り込み済みで、紙の書籍やDVDでも、プライスマッチングは必ず行ってきますから、さほど影響があるわけではないんです。

―― むしろ、ああした追随が起こることで、電子書籍そのものに対する関心が高まった、とポジティブに解釈していますか。

舟木 もちろん、それもありますね。むしろありがたいくらいです。競合の動向はきちんと見ておく必要はありますが、いまは競合にいかに対抗するかというより、市場を拡げ新規顧客をしっかりと獲得していく方が重要です。

―― Kindleも毎週のように割引キャンペーンを行い、ユーザーに認知を拡げていますが、それとの差別化の例はありますか?

田中 有川浩先生の作品をプロモーション展開するというのが、1つの事例として挙げられると思います。例えば図書館戦争シリーズで半額セールを実施し、デイリーの流通が約10倍になるという成果が出ました。有川さんはKindleには作品を出していないようなので可能となった展開ですね。

注:初出時から表現を若干変更しました。有川先生のご意向を憶測で話してしまい、関係者、読者の皆さまに誤解を与えてしまったことを心よりお詫び申し上げます。

―― 出版社は他所と差をつけにくい中、出版社ではなく著者に対して直接働きかけるといったことはありますか?

舟木 したいという思いはありますが、出版社・編集者さんとの関係もあるので、そこにはなかなか踏み込めるものではありません。実際、Amazonは最初からそこ(KDPや米国での出版事業)に踏み込んだため、関係者から警戒され、日本でのサービス開始が延びてしまったという面は否めないのではないでしょうか? この辺のお行儀はちゃんとわきまえておかないといけないと思っています。

 また、私のTSUTAYAでの経験からも、目利きができない私たちが、コンテンツを自分たちだけで集めようとしても上手く行くことはないという自覚はあります。出版社さんとの連携はそういう観点からも欠かせません。

―― 海外では既に利用可能になっているKobo版のセルフパブリッシング「Writing Life」がまだ、日本国内では開始されないこととも関係しますか?

舟木 そうですね。出版社さんにも配慮し、お話をしながら、どういう部分からセルフパブリッシングに取り組んでいくかというコンセンサスは、すべての出版社からは無理でもある程度とろうと考えていますし、実際取れつつあります。まずは「市井の書き手」に向けての提供という形になると思います。

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