赤松健は隣接権とそれを巡る議論をこう見る(3/3 ページ)
電子書籍の普及に向け著作権法の改正議論が白熱している。議論の争点は出版社にどの程度権利を付与すべきか。ここ数カ月でもめまぐるしい動きを見せるこの問題について、本稿では、漫画家であり絶版コミックの無料配信サイト「Jコミ」を運営する赤松健氏に著作権者の立場から話を聞いた。
性善説には立てない現実がある
赤松 いずれにせよ、つまるところ、著者側が抱いている懸念は「出版社に著作隣接権のような“強い権利”が付与されると、同人誌化を含めて、ほかで出せなくなってしまう」の1点に尽きます。ここさえ解消されるのなら、すぐに着地点が見えてくると思いますよ。
―― それを踏まえてのことだと思いますが、一部では隣接権を海賊版の取り締まりに関する範囲に留めて付与してはどうかという意見も出てきています。
赤松 であれば良いと思います。問題は、文言の拡大解釈を図る動きも必ず出てくるので、悪用できないようしっかりと範囲を留めることです。業界も収益的に厳しい時代なので、そこは善意だけを基に判断することはできませんから。
もちろん「海賊版の取り締まりだけに目的を絞った○○権」みたいなものなら賛成できます。でも、それなら多分出版社も要らないでしょう。実はそんなのメリットが少ないですし(笑)、今でも十分できていますからね。
あと「作品には編集者のアイデアや意見だって反映されている、つまり隣接権は普通に認められるべきだ」という意見もあって、確かに作家側も新人のころはほぼ編集者の意見に従って書き直しています。さらに、掲載するかどうかも編集者たちが会議で決めますから、編集者の裁量はとても大きいわけなんです。そこに著作隣接権まで付与されれば、もう鬼に金棒でしょうね。
―― 特に出版社・編集者の助けを得て育てられる新人作家の作品は誰のものか、という議論はあります。
赤松 そうですね。絶版作品しか扱わないJコミでは、新人の作品や新作を扱うことはありません。出版社の「新人を育成する役割」は重要だと思っているからこそ、そうしているんです。独立系の電子書籍サービスの中には、出版社を介さないで新作を扱うところもあるようですが、作家を真剣に育成している出版社にとって面白いわけがありませんよね。
法学者の白田秀彰先生からは「権利を守るために組合をどうして作らないの?」という質問を受けたことがあります。実際、大御所作家が集まって議論したり、意見表明したりする場はあるんです。けれども、それは本来の意味での組合ではないし、実際そういったものがあったとしても、持ち込み時代はまだ漫画家ではないので、それに入れるかどうかも分かりません。デビュー前だと組合が守るべき作家なのかどうか判断がつかないわけです。ましてや収入のない彼らが、弁護士を雇って契約書のチェックや交渉を行うなんて非現実的ですよね。
だから実際には、彼らは契約書を丸呑みにせざるを得ない。言ってみれば新人は丸裸で立っているようなものなんです。それは仕方がなくて、だから私にできることは、先日のように出版社の偉い人と会って話をすることで、彼らが立っている場所を安全に整えてあげることだ――そう思って動いている、というのが現状ですね。
―― 4月2日には社団法人日本漫画家協会から見解も発表され、そこでは個々の出版社に隣接権を与えるのではなく、JASRACのような集中管理機構を創設することが提言されました。
赤松 確かにこれまでお話ししたような懸念は少ないですよね。ただ、間にそういった仕組みが入ることで著作者への利益還元も小さくなってしまうのではないかという心配はあります。結局のところ、特に人気作家になるほど、自分たちで作品は自由に扱いたいということになるんじゃないでしょうか?
例えば、CLAMPさんは公式ホームページに二次創作ガイドラインがあります。デッドコピーはダメだけど、それ以外、例えば二次創作同人誌を作って儲けても構わないと明示されているわけです。講談社や小学館の立場は一応「二次創作は認められない」なのですが、作者がそう言っている場合には、さすがに何も文句をつけてきません。その結果、安心感が生まれ同人誌がたくさん出て人気がますます高まるわけです。東方シリーズなんかもそう。こういった作者が認めた「自由な世界」を私は壊したくない。TPPに伴う著作権侵害の非親告罪化に反対するのも、それが理由です。漫画界にとって、良いとはとても思えない。
先ほどお話ししたように、出版社が一生懸命作家を育成していることは私も理解していて、一方でAmazonのKindleのような電子書店と、出版社が苦労して育てた作家が直接契約して、いわば「中抜き」が成立してしまうという懸念もよく分かるんです。ただ、それを防ぐために著作隣接権のような包括的な、自動的に付与されるものを求めるのはやはり良くない。一定の条件の下、著作者の権利を減らして、出版社の権利を拡大するということを出版契約書でしっかり決めておけば済むものでしょう、というのが私の考えです。
―― 例えば印税を部数に応じて、つまり出版社の努力に応じてスライド制にするといったアイデアですよね。
赤松 そういう方向です。出版社がよりビジネスを積極的に展開しやすく、努力すればより儲かるようにすれば良いと思います。
著者紹介:まつもとあつし
ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」、ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマート読書入門』(技術評論社)、『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(いずれもアスキー新書)『コンテンツビジネス・デジタルシフト―映像の新しい消費形態』(NTT出版)など。
取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。Twitterのアカウントは@a_matsumoto。
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