バックエンドの業務が改革されているが、システムを利用して業務を遂行しているユーザーにはその実感がないかもしれない。アドビ システムズとSAPは業務アプリケーションのフロントエンドにも改革をもたらそうとしている。
アドビ システムズといえば、PDF、Flash®や「Adobe® Photoshop®」、「Adobe Illustrator®」などドキュメントやコンテンツ作成に強みを持つクリエイティブ分野のベンダーという印象が強い。エンタープライズコンピューティングの世界とはあまり縁がないように感じられるが、企業の基幹業務を担うアプリケーション分野でSAPと協業し、エンタープライズに革新をもたらそうとしている。
「バックエンドの業務が改革されているにもかかわらず、そのシステムを利用して業務を遂行しているユーザーにはその実感がないのではないか」――アドビ システムズのマーケティング本部長、伊藤かつら氏はこう問い掛ける。
ERPを活用した業務プロセス改革や、SOAといった新しいトレンドに基づくIT環境のさらなる効率化はエンタープライズ市場での大きなテーマとなっている。バックエンドの改革は企業に大きなメリットをもたらすが、その多くはロジック部分のみに注力し、実際の作業者が使用するフロントエンドのインタフェースは旧態依然としたままだ。企業全体で見れば、コストの削減や投資効率の改善という大きなメリットをもたらす改革も、システムを利用する個々の従業員の生産性向上とは直接結び付かない。このバックエンドで動くロジックの改革と、個々のユーザーが体感する改善効果には大きな開きがあるのだ。
「アドビではこの差をエンゲージメントギャップと呼んでいる」と伊藤氏は話す。
「ユーザーに何か体験をもたらすものがユーザーエクスペリエンスであるのに対し、エンゲージメント(Engagement)というのはさらに深くユーザーと関わり、ユーザーから何らかのアクションを引き出すことができるようなインタフェースを意味する」。エンゲージメントとは、アドビが自社のミッションとして掲げる概念を端的に示すキーワードだ。
「ビジネスロジックの改革はあくまでもバックエンドの改革にとどまる。それを利用するエンドユーザーには、このようなエンゲージメントを提供できていない。ITシステムを使うすべてのユーザーがシステムとより深く関われるようになるテクノロジーを提供するのがアドビのミッションだ」
このような中、アドビとSAPは2002年に協業を開始。業務システムのユーザーインタフェースを改善することで、システム改革の効果をバックエンドにとどめず、従業員レベルでの生産性向上につなげるようとしている。アドビとSAPは戦略的提携により「SAP Interactive Forms by Adobe」を共同開発し、これが業務システムのフロントエンドを改革する可能性を秘めている。
Interactive Formsは単純に表現すれば「入力可能なPDF」といえる。デファクトスタンダードとなった文書形式のPDFファイルを閲覧や印刷のためだけでなく、入力フォームとしても利用できるのだ。Interactive Formsを従来の紙ベースの申請書類などに利用すると、ユーザーが書き込むべき部分に入力フィールドを置いたPDFファイルとして利用できる。フォーム内にロジックを埋め込むこともでき、入力データの内容に基づいた条件分岐や数値計算も可能だ。
例えば、企業の従業員であれば毎年暮れに年末調整の申請を行なう必要があるだろう。個々に支払った保険料の額に一定の係数を掛けて調整額を算出する、というのが基本的な作業だが、保険料の総額に応じて係数が変わったり、一定額以上の保険料は対象から除外するなど、いくつかのルールがある。このようなルールは変更されることもあり、全員がこうした処理を熟知するには無理がある。
Interactive Formsを利用すれば、公式の申請書そのままのイメージを画面に表示しながら、計算のルールをあらかじめ埋め込める。ユーザーは保険料の金額を入れるだけで、そこから計算で導き出せる数値を自動的に算出してくれる。ユーザーは最小限の手間でミスのない申請書を作成できる。しかもほとんどすべてのPCに既に導入されている無償のAdobe Readerのみでこれらが実現できるのだ。
従来紙ベースで遂行されていた業務を電子化しシステム化するには、クライアントのインタフェースをどのように作り込むかは大きな課題だ。かつてはクライアント/サーバモデルでクライアントPCに密着する形で作り込んだ「リッチクライアント」が利用されたが、ユーザーの使用感は悪くなかったものの開発コストや保守・運用に関わるコストが問題となり、展開が難しかった。
そこで標準的なHTMLやJavaScriptといったWeb標準の技術でインタフェースを作りこむWebアプリケーションへの移行が進んでいる。しかしながら、その表現力には限界がありユーザーの満足が得られない例も多い。この点がWebアプリケーションの問題点となっており、これを解消するために現在ではRIA(Rich Internet Application)への取り組みが大きなトレンドとなってきている。
Interactive Formsでは、従来紙ベースで遂行していた業務プロセスをPDF技術により、そのまま電子情報として扱うことを可能にする。アプリケーションの開発コストは専用クライアントアプリケーションを開発することに比べればはるかに容易になる。ユーザーにとっても従来の紙のイメージそのままで操作できるため、使い方を習得する負担がなくなるという従来にないメリットを得られる。さらに、PDFがもっている高度なセキュリティ機能や、さまざまな種類の文書の添付といったことも自由におこなうことができるのである。
Interactive Formsに入力したデータは直接SAPシステムに入力され、後続の処理へとスムースに進んでいく。SAPの業務アプリケーションのフロントにユーザーフレンドリーで、リッチなインタフェースを活用できるようになったのである。
伊藤氏は「PDFフォーマットを利用することで、バックエンドのシステムとフロントエンドの“ペーパーワーク”を良い形でブレンドできる」と胸を張る。
一方、PDFと並ぶもう1つの強力なコンポーネントとなるのが、アドビが持つFlashの技術だ。Flashは単にアニメーションを表示するだけでなく、インタラクティビティを実現できるのがメリットだ。システムとユーザーが双方向でやりとりできるだけでなく、Web特有のトランザクショナルな操作感ではなく、リッチクライアントと同様の自然な操作が実現できる。Flashもユーザーにエンゲージメントを提供する上では欠かすことの出来ない技術だ。
しかし、FlashはもともとWebブラウザ上でアニメーションを実現するためのプラットフォームとして開発されており、エンタープライズ市場とは異なる分野の常識を踏まえて設計されていた。リアルタイムメディアを強く意識していたため、動画編集で一般的な「タイムライン」に基づいて開発するのが標準的な手法だが、これではエンタープライズアプリケーションの開発にはまったく馴染まない。
Flashをエンタープライズ環境に持ち込むには、このギャップを埋める必要があり、そのため新たな開発環境として「Adobe Flex™」が投入された。SAPではこのFlexも積極的に活用しており「SAP NetWeaver Visual Composer」ツールの中にもFlexの技術が組み込まれている。
それぞれ別個の技術として発展してきたPDFとFlashだが、現在アドビではこの2つのテクノロジーを統合する新たなプラットフォームの構築に取り組んでいる。現在パブリックβの段階にある“Adobe AIR™”だ。これは従来コード名で「Apollo」と呼ばれていたもので、“Adobe Integrated Runtime”を意味する。
伊藤氏はAIRを「Webブラウザを飛び出したFlash/PDFランタイム」だと説明する。従来のWebブラウザの制約にとらわれず、プラットフォームに依存せず利用できるAIRは、従来のPDFによるInteractive FormsやFlexによるインタフェースを統合的に利用できる単一のプラットフォームとして活用できるようになる。
Webブラウザに代わるアプリケーションプラットフォームとして「薄く、軽く」を設計方針とし、さらにカスタマイズや再配布可能な形で提供される。業務アプリケーションの次世代フロントエンド環境としての可能性にも期待がかかる。実際、次世代のSAPフロントエンドとして活用される計画だ。
現在アドビとSAPが共同で開発に取り組んでいる次世代のクライアントユーザーインタフェース“NetWeaver Business Client”(旧コード名Muse)では、PDFやFlashの表現力、プラットフォーム非依存の汎用性、オンライン/オフラインを問わない柔軟性など、さまざまなメリットがもたらされるだろう。
業務アプリケーションのエンドユーザーの使いやすさだけではなく、クライアントのユーザーインタフェースをシステム・ロジックから完全に分離できるので、インタフェースの変更をバックエンドのロジックとは切り離して行うことも可能だ。インタフェースの変更負担が大幅に低減されるというメリットも得られる。
SAPとアドビという一見まったく異なる分野のベンダーとも見える両社の協業は、エンタープライズの情報システムに大きな成果をもたらす可能性は高い。7月24日(火)に開催される「SAP BUSINESS SYMPOSIUM'07」では、「PDF、FlashそしてAdobe AIRがもたらす業務システムUIの可能性」と題したセッションが行われる予定だ。SAPとアドビのコンビネーションが生み出す改革を確かめるためにも、ぜひ足を運んでみて欲しい。
SAP BUSINESS SYMPOSIUM'07 開催決定! | |
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テーマ | ビジネスの源泉、それは現場力 〜見える、見せる、そしてつながる〜 |
注目のセッション | ●パネルディスカッション : 先進国中最下位に甘んじる日本の労働生産性 〜ITはニッポンの「現場力」を救えるのか?〜 (11:10〜12:00) ・アドビ システムズ株式会社 マーケティング本部 本部長 伊藤かつら氏 ・マイクロソフト株式会社 執行役 専務 エンタープライズビジネス担当 平井康文氏 ・SAPジャパン株式会社 シニアバイスプレジデント パートナー&マーケティング統括本部長 安田誠氏 ・モデレータ:ITmediaエグゼクティブ 編集長 浅井英二 ●PDF、FlashそしてAdobe AIR (Apollo)がもたらす業務システムUIの可能性(14:15〜15:05) Adobe Flashの高度なデザイン性と、Adobe PDFのインタラクティブなフォームにより、カスタマイズ性に優れてわかりやすく洗練された ユーザインターフェイスを、SAPシステムのフロントエンドとして提供するソリューションをご紹介します。また年内に提供予定のまったく新しいアプリケーション開発プラットフォームAIR (コードネームApollo)もご紹介致します。 ●入力できるPDF:紙ベースの申請業務をそのまま電子化(15:20〜16:10) 紙と同等の表示画面で誰もが簡単に操作できるPDFフォーム機能を使い、紙の削除,処理時間の向上,コスト抑制を実現し、SAPへの正確で迅速なデータ統合を支援するソリューションを、アドビ システムズ社の事例も含めご紹介します。 |
日時 | 2007年7月24日(火)10:00-17:15 |
会場 | セルリアンタワー東急ホテル(地図) |
定員数 | 700名 |
参加費 | 無料 |
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提供:アドビ システムズ株式会社
企画:アイティメディア営業本部/制作:ITmedia エンタープライズ編集部/掲載内容有効期限:2007年8月18日