ソフトウェア開発のニューウェーブ、エンピリカルソフトウェア工学(2/2 ページ)

» 2008年03月03日 10時00分 公開
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開発現場にエンピリカルソフトウェア工学を普及させる東芝

 前述した日本ユニシスのケースは、自社製品の中にエンピリカルソフトウェア工学の分析手法を取り入れようとするものだが、東芝では、エンピリカルソフトウェア工学の知見を自社のソフトウェア開発の中に取り込んでいこうとする点で異なる。

 「従来から社内独自の方法でデータの収集/分析などを行っていたが、今回の産学連携により、分析結果を基にしたプロジェクトとソフトウェア開発プロセスの定量的な支援がより具体的なイメージとなった」――奈良先端大との打ち合わせの中で、東芝のソフトウェア技術センター プロセス・品質技術開発担当主査の山田淳氏は、このように産学連携の意義を語る。

photo 奈良先端大 松本氏(中央)、森崎氏(右)と打ち合わせる山田氏(左)。気兼ねなく意見を言い合える場があったことで、両者の関係は深いものとなった

 東芝および東芝グループのソフトウェア開発部門に対し、ソフトウェア開発の改善活動を支援する山田氏、鷲見氏、会澤氏が所属する部署では、これまでもCMMIなどを用いることでソフトウェア開発の改善を推進してきた。

 「CMMIやCMMはいうなれば漢方薬。服用してすぐに効果が発揮されるわけではないが、服用していなければ数年後に大きな違いとなって顕在化してくる。わたしたちが進めているのは、CMMIやCMMで作られるベースの上に、ソフトウェアエンジニアリングのデータを活用する仕組み」(山田氏)

 自身の部署がハブとなることで、開発現場にエンピリカルソフトウェア工学の導入を推進している山田氏だが「それぞれの開発部門が自分たちでデータを計測し、自分たちの手法で分析するのが理想」と話す。山田氏の部署から「こうしてください」と限定して提供された手法を現場が適用する一方的な展開ではなく、提供される手法をもとにデータの分析・活用の重要性をそれぞれの部門のプロジェクトメンバーに理解してもらい、それぞれに合わせて工夫した手法を適用して、部門からも提案してもらうことが大事であると考えているためだ。

 そうした動きは、実を結びつつあるといえる。産学連携で開催されたワークショップでは、奈良先端大から分析パターンなどの知見が示される一方で、開発現場のメンバーからこうした分析を行いたい、という個別性の高い分析ニーズも寄せられ始め、試行に着手したり興味を持ったりする人も増えてきたという。すでにクローズしたプロジェクトのデータを事後分析する手法のみではなく、現実に動いているプロジェクトのデータを扱う分析手法も、双方に有益なものと映ったようだ。EASEプロジェクトのコアメンバーであり、最前線で企業とのワークショップなどに立ち会ってきた奈良先端大ソフトウェア工学講座教授の松本健一氏はこう話す。

 「ソフトウェア産業を扱う研究では、現場で何が起こっているのかが分からなければ研究にならない。そうしたものを産学連携の中で知ることができるのがわれわれのメリット。大学は最終的には論文などの形で研究業績を出さなければならないのに対し、企業は具体的なメリットを見いださなければならない点で双方の出口というのはそもそも異なるが、それがうまくかみ合ったケースの1つだと思う」(松本氏)

 部門や開発プロジェクトごとに個別性の高い分析手法を抱えてしまっては、それによって開発効率が上がっても、それは個別最適ではないのか――そうした疑問に山田氏は「(とっかかりとしては)個別最適でもいい、その技術を互いに学び共有していける場をつくっていく」と話し、松本氏もこう続ける。

 「東芝のようにさまざまな事業を抱えている場合、1つのベストプラクティスで広範なプロジェクトをカバーするのは究めて難しい。プロジェクトというのは、何らかの部分でルーチンワークとは違うからこそプロジェクトであるわけで、本来個別性の高いもの。それ故に、ベストプラクティスというものも個別性が高くて当然。参考にはなるが、適用するとなると別の話として考えるべき」(松本氏)

 こうした知見が企業内に蓄積することで、プロジェクト内に存在している成功(あるいは失敗の)因子を見つけ出していくことができる。そしてそれこそが、開発を効率よく確実に進めるための、借り物ではない、真のベストプラクティスたり得るのだ。


 ここまで、エンピリカルソフトウェア工学に対する日本ユニシスと東芝の取り組みを紹介してきた。エンピリカルソフトウェア工学に対する両社の入り口は異なるが、その有効性を認め、積極的に社内に展開しようとしていることを考えると、この理論がソフトウェア開発における「銀の弾丸」とはいかないまでも、強力な「助っ人」になることは間違いない。

 プロジェクトが終わった後でデータを基に検証するのではなく、プロジェクトが稼働しているさなかにリアルタイムでデータを取得・分析し、プロジェクトのリスクを可視化することで、QCD(Quality、Cost、Delivery)の向上へとつなげる。ソフトウェア開発の現場にソフトウェアエンジニアリングの文化がようやく根付き始めたという意味で、エンピリカルソフトウェア工学への期待は大きい。

 奈良先端大、大阪大のエンピリカルソフトウェア工学への取り組みはエンピリカルソフトウェア工学研究会での発表書籍が詳しい。また、「jbirth」「マイクロプロセス分析」「要求獲得支援ツールEVIDII」「プロジェクトリプレイヤ」「EPDG2」「コードクローン履歴」「コードクローン分析」をはじめ、進行中のテーマは多岐にわたって継続されているほか、文部科学省「次世代IT基盤構築のための研究開発」テーマとして「ソフトウェア構築状況の可視化技術の開発普及(STAGEプロジェクト 代表: 松本 健一)」にて利用される予定だ。

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提供:国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
企画:アイティメディア営業本部/制作:ITmedia エンタープライズ編集部/掲載内容有効期限:2008年3月23日