「日本のものづくり企業の工程設計力が下がっている」との指摘がある中で、力を伸ばした企業の特徴はデジタルを味方に付けていたこと。情報システム人材が不足する中堅・中小の製造業にもそれができるのでしょうか。製造業DXを推進する人物に方法論を聞きました。
2020年5月、経済産業省は「2020年版ものづくり白書」を公開しました。ものづくり白書とは、ものづくり基盤技術の振興のために政府が講じた施策に関する報告書で、ものづくり企業や技術の動向を、経済産業省と厚生労働省、文部科学省が共同で白書として取りまとめています。「2020年版ものづくり白書」は特にデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に向けた強いメッセージが発信されています。しかし、同時に製造業の置かれている現状への課題提起も多数示されています。
白書では三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる調査*を基に、工程設計力が低下した理由が示されています。それによると、79.4%が「ベテラン技術者の減少」、19.1%が「間接部門の人員削減」と回答しており、ベテラン技術者の退職や人材不足はエンジニアリングチェーンにも深刻な影響を与えていることが報告されています。
* 三菱UFJリサーチ&コンサルティング「我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査」(2019年12月)および経済産業省「2020年版ものづくり白書」。
一方、工程設計力が向上した理由については、「生産技術、製造、調達といった他部門との連携強化」が79.2%、「営業、アフターサービスなどから顧客ニーズのフィードバックを強化」が26.5%、「デジタル人材の育成、確保」が22.5%、そして「デジタルモックアップ等のデジタルエンジニアリングの推進」が18.5%となり、デジタル関連が上位に挙がっていました。
この結果から、デジタル人材の活躍による部門間連携がエンジニアリングチェーンの強化に有効であると示唆されます。
しかしながら、ひとり情シス協会の公認団体である「ひとり情シス・ワーキンググループ」が2020年12月に実施した「ひとり情シス実態調査」「中堅企業IT投資動向調査」によると*、従業員が100〜500人までの中堅企業のうち32.6%はひとり情シスであることが判明しています。そもそものデジタル人材の獲得自体が経営上の大きな問題となっています。
* ひとり情シス・ワーキンググループ「ひとり情シス実態調査」、「中堅企業IT投資動向調査」従業員100〜500人までの独立系、大手企業グループ系中堅企業のITの意思決定に関与する方を対象としたインターネット調査およびパネル調査(調査期間:2020年12月14〜31日、有効回答数:1673件)。
ひとり情シスではスケールは難しいのです。従業員が他の領域にも浸食することで、外部のスペシャリストを含めたチームができていきます
こう語るのは天野眞也氏です。天野氏は製造業のDX実践を指南した書籍『製造業DX 実践編』『製造業DX 入門編』『製造業DX カスタマーサクセス編』(いずれもTeam Cross FA刊)の著者であり、自らも複数のものづくり企業を経営、製造業DXから生産ラインの開発〜実装までを包括的に支援するコンソーシアム「Team Cross FA」のプロデュース統括も務める人物です。
天野氏は、ひとり情シスのような属人的なアプローチはビジネスの成長が難しいと指摘します。また、ものづくりの現場においても、機械のオペレーションや部品の組み立て、検査といった「現場作業」から、生産計画の立案や最適な人員配置などといった「管理業務」まで、特定人材の熟練した技に頼り切ってしまっている部分がさまざまな業務に残っています。
天野氏は「『その人が退職してしまったら代わりがいない』という話もよく聞く」と問題を指摘します。そして、そうなる前に早急にその人の技術やノウハウをデジタル化して、複製できるようにしておくことが肝要だと強いメッセージを発信しています。
経営者がシステム自体を理解する必要なんて、1ミリもありません。経営者の頭の中身をデジタル化しているだけに過ぎないのです
天野氏はスマートファクトリーを支える重要な構成要素であるロボットシステムインテグレートの業界においても、日本でトップレベルの「製造業DX」の実践者であり、かつ中堅・中小企業の経営者としての顔を持つ、日本の製造業におけるDXの現実解を導き出す若きリーダーの一人です。
天野氏は「システムを知らなければ経営者は判断できない」と多くの方が思い込み過ぎていると指摘しました。
経営者がシステム自体を理解する必要などなく、評価検討するチームからの報告を得て、決定や判断の部分だけにしっかり関与すべきだと提言します。経営側の目線で判断すべきことは多いので、意思決定には必ず経営者が入ることも重要なポイントだと天野氏は語ります。
デジタル化に踏み出すことは、間違いなく次のビジネスの発見につながります
ひとり情シス・ワーキンググループが実施した「ひとり情シス実態調査」「中堅企業IT投資動向調査」では、いままでクラウド利用に保守的だった企業が、2020年以降で急に採用意向を高めていったことが分かりました。
予測できない自然災害やCOVID-19のパンデミックが発生したことで、BCP(事業継続計画)の対応や、テレワーク増加によるシステム管理の自動化などに備えるために、クラウドの利用計画は急速に増加したのです。
いままでのITプロジェクトは必ずしもスタートスモールが合っていたというわけではありませんが、クラウドを使うと段階的に評価できます。また運用の仕方によってはコストを削減できる可能性もあります。
天野氏は「中堅・中小企業にはロボット採用でも同じ問題がある」と考えています。自動化を目指してロボットを採用しても、通常、保守部品や管理などは自前で実施しなくてはなりません。しかし、天野氏の企業が手掛けるビジネスのように、サブスクリプション型でサービスだけでなく、保全や部品も併せて提供することでこの問題を解消しようという動きがあります。こうしたサービスが普及すれば中堅・中小企業の業務のさまざまな自動化も進むと筆者は確信しています。
天野氏は過去に自社の基幹システム入れ替えを経験したことをきっかけに、中堅・中小企業のデジタル化の悩みを深く理解したといいます。
この体験をきっかけに天野氏がサブスクリプション型のビジネスを考えついたことそのものが、デジタル化に踏み出すことが次のビジネスの発見や計画立案につながっていることを証明するものと言えるでしょう。
天野氏は、さまざまな講演活動に加え、自身の動画チャンネルで積極的に情報を発信して人気を博しています。エバンジェリスト的な活動が目立ちますが、5つの企業の代表や取締役を兼務する中堅・中小製造業の経営者としての側面も持ち合わせています。自社内に情シスなどのIT専門スタッフは配置せず、チームとして運営しています。こうした環境下で天野氏が体験したのが、前述の基幹システム入れ替えです。
天野氏自身も決定に関与しながら2020年にプロジェクトを完遂し、さらにそこから半年を経ずに一部を他のシステムに入れ替える判断を下すなど、経営者として自社の成長を見据えたシステムの最適化を図っています。
ITmedia エンタープライズの連載『IT革命 2.0〜DX動向調査からのインサイトを探る』を執筆する清水 博(本稿筆者)は、ひとり情シスを抱える中堅・中小企業のデジタル化について、「ひとり情シスの難しさ」「経営者のITへの関与の仕方」「IT投資の不安よりも未来予測できないことへの不安」などの実践的メッセージを天野氏から伺いました。詳細は以下のホワイトペーパーを参照ください。
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