急速に広まりつつある「産業用メタバース」だが、日本企業ではエンジニア不足などのためになかなか実用化に至っていない。より効率的な工場運営に向けて日本企業が産業用メタバースを導入するためには何が必要か。世界的企業3社の事例を見てみよう。
製造業や社会インフラなどのデジタルトランスフォーメーション(DX)推進においては、AI(人工知能)ロボットを活用したより効率的な工場運営のための事前シミュレーションが必要不可欠だ。しかしそのためのプランニングには多大な時間と工数を要する。
この課題を解決する手段として、事前シミュレーションをメタバースで実現する「産業用メタバース」が急速に広がりつつある。具体的には「3Dデザインコラボレーション」や「デジタルツイン」に注目が集まっている。
既に海外では大手企業を中心に、産業用メタバースを実践して業務効率化や生産性向上につなげるケースが増えている。しかし日本企業は、開発力があるエンジニアを抱える企業が海外企業と比較して少ないこともあり、産業用メタバースの取り組みの多くはPoC(概念実証)段階にとどまっており、実用化に至っていない。
経営側が産業用メタバースの導入を進めるように指示しても「メタバースやデジタルツインの導入を技術的にどう進めればいいか分からない」というDX担当者もいるはずだ。デジタルツインを構築してもその後のアップデートが困難と考え、足踏みする企業も多い。これを解消して容易に産業用メタバースを導入する方法はあるのか。
こうした中、産業用メタバースを実現するソリューションとして注目度が高まっているのが「NVIDIA Omniverse Enterprise」(以下、Omniverse Enterprise)だ。Omniverse Enterpriseはエヌビディアが開発する産業用メタバース構築の基盤となる3Dコラボレーション/シミュレーションプラットフォームで、各種データの取り込み・共通化から3Dデザインの出力までエンド・ツー・エンドの機能を提供する。
Omniverse Enterpriseは幅広い3D開発ツールに対応しており、開発メンバーは各自の3D開発ツールから単一のワークフローに接続して、他のメンバーの作業状況をリアルタイムで確認しながら効率的に開発・設計できる。これによって物理施設を高精度に再現するデジタルツインを構築可能だ。
エヌビディアの高橋 想氏(エンタープライズ事業本部 プロフェッショナルビジュアライゼーション ビジネス開発マネージャー)は「日本では産業用メタバースの取り組みがPoC段階にとどまっていますが、3D開発ツールやロボットのシミュレーター、ライン設計ツールなどのアプリケーションがそろっている企業も多くあります。産業用メタバースの導入およびデジタルツインの構築で重要なのは、これらのアプリケーションの互換性を確保しつつ、データをシームレスに連携させられるプラットフォームを選定することです。これを間違えると実現のハードルは非常に高くなります」と語る。
異なるアプリケーション間でデータの互換性を確保するフォーマットとしてOmniverse Enterpriseが採用しているのが「USD」(Universal Scene Description)だ。USDは、Pixar Animation Studiosが開発し、NVIDIAおよびAdobe、Autodesk、Siemens他の大手企業が協力して拡張を進めている3Dデータのファイルフォーマットで、2022年7月に発足したMetaverse Standards Forumでも標準規格化が進められている。
エヌビディアの田中秀明氏(エンタープライズマーケティング シニアマネージャー)は「3Dデータはこれまでアプリケーションごとにフォーマットがバラバラで互換性もありませんでした。産業用メタバースの発展にはデータの標準化が必要不可欠であり、それにはUSDが適したフォーマットでした」と説明する。
「USDはWebブラウザにおける『HTML』のように3Dデータの標準規格化を目指しており、Metaverse Standards Forumには世界の650社以上が加盟しています。3Dデータの閲覧用フォーマットとしてファイルを軽量化できる『glTF』の標準化も推進しています。この2つのフォーマットが広く普及することで、将来的にはあらゆる3DデータをOmniverse Enterpriseに集約し、さまざまな業界の産業用メタバースに展開できるようになるでしょう」(田中氏)
Omniverse Enterpriseは、各種アプリケーションとシームレスに連携できるさまざまな接続方法を提供している。アプリケーションにプラグインを組み込むことでOmniverseと直接接続できるコネクターのうち「双方向コネクター」は、アプリケーションとOmniverseのどちらで操作を行っても双方で修正される。CGソフトウェア「Autodesk 3ds Max」やCGアニメーションソフトウェア「Autodesk Maya」、ゲームエンジン「Epic Games Unreal Engine 4」に対応している。
「一方向コネクター」は、アプリケーションと接続し、アプリケーション側における修正データを Omniverseにリアルタイムに反映する。CAD/BIMソフトウェア「PTC Creo」「Graphisoft Archicad」「Autodesk Revit」「Robert McNeel & Associate Rhinoceros 3D」や3Dモデリングソフトウェア「Trimble SketchUp」に対応している。各社のアプリケーションに対応するコネクターも順次追加される予定だ。
独自開発アプリケーション用のコネクター開発キットも提供している。2022年7月にはCADコンバーター機能「CADインポーター」がリリースされ、さまざまなフォーマットのCADアプリケーションデータを直接Omniverse Enterpriseに読み込むことが可能になった。
Omniverse Enterpriseの高度な機能をストレスなく最大限に引き出すためには、マシン側にも高い性能が要求される。そこでNVIDIAが推奨しているのが、プロフェッショナル向けグラフィックスカード「NVIDIA RTX A5500」だ。
NVIDIA RTX A5500はNVIDIA Ampere世代アーキテクチャを搭載し大幅に増強したCUDAコアに加えて「第2世代RTコア」「第3世代Tensorコア」を搭載し、前世代よりも大幅にスループットを向上させた最近のハイエンドモデルだ。ECC機能付きの24GB GDDR6 SDRAMを備えており、メモリ帯域幅を前世代比最大50%増強した他、PCIe Gen 4対応によってデータ転送の帯域幅もPCIe Gen 3の2倍に拡張されている。
「Omniverse Enterpriseは単体のアプリケーションを動かすなら『NVIDIA RTX A4500』でもいいですが、実業務では複数のアプリケーションを操作するはずです。そう考えるとNVIDIA RTX A5500との組み合わせがベストでしょう」と田中氏は指摘する。
「高性能なグラフィックスカードを積むことで複雑な物理演算をGPUで高速に処理し、デジタルツインで重力がかかる動きやロボットのジョイント部分の動きなどを正確に再現できるようになります。金属や木材などのマテリアル表現において、レンダリングや光の反射・屈折などを精緻に再現できるのも強みです。NVIDIA RTX A5500は1台のマシンに2枚のカードを搭載できるマルチGPUに対応しており、大規模な環境でも高速かつ高精度にデジタルツインを構築可能です」(田中氏)
下図はNVIDIA RTXシリーズを搭載してOmniverse Enterpriseを稼働させるワークグループ構成例だ。左側の小規模なローカルワークグループを想定したケースでは、4台のワークステーションを並べて1台にOmniverseのコラボレーション機能の中核となるOmniverse Nucleusを導入する。これに複数のワークステーションが接続する構成だ。
それに対して、右図の大規模な仮想化環境でのワークグループでは、サーバまたはクラウドに仮想化環境を構築してVDIとvGPUを設置し、その上にOmniverse Enterpriseを搭載する。この場合、クライアント側は通常のPCで、高いグラフィックス能力がなくてもOmniverse Enterpriseを利用できる。
実際にOmniverse Enterpriseがどのように活用されているのか、海外の代表的な導入事例を紹介しよう。
Volvo Car Corporationは研究開発のワークフローにOmniverse Enterpriseを導入した。世界各地のデザインセンターをつなぎ、マルチユーザーによるデザインワークフローのリアルタイムコラボレーションを実現した。
Amazon RoboticsはOmniverse Enterpriseとこれを基盤にするロボティクスシミュレーションアプリケーション「NVIDIA Isaac Sim」を導入し、倉庫全体のデジタルツインを構築した。メタバース空間で倉庫の設計を最適化するとともに、AIを使ったロボットアシスタントを訓練して全体的な生産性向上を図っている。
BMWグループはNVIDIAの技術をベースにしたエンド・ツー・エンドのシステムを自動車工場のライン設計に導入し、「NVIDIA Isaac」ロボティックスプラットフォームを活用して物流ロボットを構築した。同ロボットはOmniverse Enterpriseで仮想的にトレーニングとテストを実施する。世界各国の担当者が単一のシミュレーション環境で共同作業できる体制を実現した。
Omniverse Enterpriseはプラットフォーム自体も高い拡張性を備えており、さまざまなアプリケーションの3DデータだけでなくAIソリューションのデータも扱うことが可能だ。今後はMR(複合現実)、VR(仮想現実)といったXR(現実世界と仮想世界の融合)のデータにも対応する予定だ。
高橋氏は「最新の動きとしては2022年6月にNVIDIAとSiemensが産業用メタバース分野で提携し、AI駆動型デジタルツイン技術の利用拡大によって産業用オートメーションのさらなる発展を目指します。協業の取り組みの第1弾として、オープンなデジタルビジネスプラットフォーム『Siemens Xcelerator』とOmniverse Enterpriseを接続させる予定です。これによって、現実世界を完全に再現したAI駆動型デジタルツインを実現して、エッジからクラウドに至るまで産業用メタバースに展開します」と話す。
クラウド対応版「Omniverse Cloud」の開発も進めている。今後の展開として、高橋氏は「現在のOmniverse Enterpriseは、グラフィックスカードも含めてオンプレミスでシステムを構築する必要があるが、自社で高性能ハードウェアを用意するのは導入ハードルが高い企業も多いのが実情です。この課題を解決すべく、ワンクリックでメタバース空間に接続できるOmniverse Cloudを提供する予定です。これによって将来的には場所を問わず、あらゆるスタッフがどんなデバイスからでもクラウドで3Dデザインコラボレーションできるようになるでしょう」と話す。
Omniverse Enterpriseの導入を検討する企業に、エヌビディアは30日間無料で利用できる試用版の他、「Omniverse Enterprise on LaunchPad」を提供している。こちらは2週間の間、NVIDIAが提供するクラウド検証環境「NVIDIA LaunchPad」に展開されたOmniverse Enterpriseにアクセスでき、サンプルシナリオを実行することで基本機能や活用法を一通り体験できる。無償でダウンロードできて2人まで接続が可能なクリエイター向けOmniverse も提供しており、基本的な操作やデータの取り扱いをテストできる。
産業用メタバースの導入を検討したいが、何から始めればよいか分からない企業は、まずは試用版からOmniverse Enterpriseを利用し、産業用メタバースの可能性を実感し、デジタルツイン構築への道筋を歩み始めるといいだろう。エヌビディアはOmniverseを推進するOmniverse Partner Council Japanを立ち上げており、現在43社が活動中だ。こちらに相談して始める方法もある。
エヌビディアは2022年9月19〜22日にグローバルでオンラインカンファレンス 「GTC 2022 Fall」を開催する。最新のAIとメタバースの動向の他、デジタルツイン事例のセッションも数多く用意されている。本稿を機にエヌビディアの取り組みに関心を持った方は視聴してみてはいかがだろうか。
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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia エンタープライズ編集部/掲載内容有効期限:2022年9月20日