老舗製造業の小木曽工業は、顧客に提供できる付加価値の向上と自社の生産性改善、経営課題の解決のためにSAP ERPの導入を決断した。成果創出に至るまでの道のりとは。
名古屋市に本社を置き、80年以上の歴史を持つ小木曽工業。自動車分野をはじめ、運搬機械や建設機械、農業機械などさまざまな分野に製品を供給している、みがき棒鋼(シャフト)の専門メーカーだ。
2000年ごろまでは同社の主要顧客は自動車産業が中心で、事業は順調に成長していた。だが、自動車メーカーの生産拠点が中国に移転し始め、現地化が進むにつれて従来の成長モデルに限界が見え始めた。また、これまでは複数の業務特化型システムを運用していたが、情報が分断され、リアルタイムで現状が見えず在庫過多などのミスが多発していた。
抜本的な経営改革が必要だと感じた同社は、改革の手段として「SAP ERP」を導入した。なぜ、SAP ERPだったのか。どのように改革して圧倒的な成長を遂げたのか。
小木曽 正規氏(代表取締役社長)は「自社の技術力と生産能力を生かしてより高い付加価値を生み出し、自動車産業以外の分野にも踏み込む必要があると感じていました」と当時を振り返る。
この課題に取り組むため、同社は2005年に生産管理システムの刷新に踏み切った。しかし、業務にマッチしたシステムを目指してパッケージシステムのカスタマイズを重ねた結果、新たな問題が浮上した。工場や顧客ごとにデータ入力方法が異なるため一貫したデータが得られず、経営判断に必要な指標を適切に抽出できなくなった。2015年ごろには、さらなる課題が表面化した。
「自動車部品の受注は安定していたものの、利益率の低下が課題でした。より付加価値の高い製品の開発と提供が急務でしたが、それを判断するための明確な指標がなく、的確な意思決定が困難でした」
事業運営判断の遅れも大きな課題だった。毎月20日に締めて月末に数字が見え、翌月の第1週にようやく数字を把握できるという状況で、月次予算の達成状況や要因分析へのタイムリーな対策立案が困難だった。
生産計画の精度不足も深刻だった。各工場の月次生産計画は手作業で策定しており精度が低かった。生産・販売・在庫(PSI)計画と材料管理は連動しておらず担当者が個別に表計算ソフトで管理していたため、材料の発注ミスや在庫過多が発生していた。
工場間でデータが一元化されておらず、部分最適化による弊害もあった。福田篤史氏(経営企画部 部長)は、「各工場の状況把握が難しく、全社の経営情報と各工場の成果にズレが生じていました」と当時の状況を説明する。
小木曽氏はこうしたトラブルの多発で誤った事業運営判断をしてしまうことを危惧していたところ、愛知県経営者協会の交流会でERPの有用性を知った。迅速かつ適切な経営判断を可能にして経営を改革する手段としてERPの導入に踏み切った。
ERPの中でもSAP ERPを選んだ理由は、販売、生産、在庫、購買などの業務プロセスを全てつなぎ、詳細なデータを経営と現場で共有できるからだ。業務プロセスごとに整合性のあるデータを保持できるため、信頼できるデータがリアルタイムに得られる。
過去のシステムは業務に合わせるために多くの追加開発をした結果、属人化を招いた。小木曽氏は、SAPの「Fit to Standard」のアプローチを基にシステムを構築することで属人化のリスクを排除できると考えた。SAPは多様な業界の活用実績やノウハウを持っているため、小木曽工業の業務フローにマッチしたシステムの構築も可能だろうと考えた。標準化とシンプル化を徹底することで“世界標準の業務改革”を目指していた同社にとって、SAP ERPはこれ以上ない選択肢だったという。
導入プロジェクトは、前会長がプロジェクトオーナーを、小木曽氏(当時は副社長)がプロジェクトマネジャーを、福田氏がプロジェクトリーダーを務めた。プロジェクト体制のポイントは、メンバーに20代、30代の若いスタッフを抜てきしたことだ。「既存の枠組みにとらわれない自由な発想で、新しい小木曽工業の姿を創造してほしい」という経営層の期待の表れだった。この判断は正解だったと福田氏は振り返る。
「ベテラン社員には豊富な経験がありますが、既存の業務プロセスに固執する傾向がありました。一方、若手社員は従来の枠組みにとらわれず、理想的な姿を描けます。彼らは連日、多くの時間を割いて奮闘してくれました。その姿勢は周囲の社員にも好影響を与え、全社的な協力体制の構築につながりました」
SAP ERPの導入で最も苦労したのがマスター設定だ。以前のシステムでも詳細なマスター設定をしていたが、SAP ERPを正しく利用するためには以前より多くの項目を設定する必要があった。導入当初はマスター構造をメンバーがまだ理解できておらず、過剰な生産指示をしたというトラブルも起こった。
メンバーはSAP ERPを利用しながらマスターの内容を検証して理解し、整備を進めていった。マスターの設定が完了してMRP(資材所要量計画)が高い精度で機能するようになるまでに約1年の期間を要した。
現場への教育や浸透にも時間を割いた。受注から生産まで一貫した業務の流れを理解し、どう業務が変わるのかをイメージできるキーパーソンを選び、SAP ERPの使い方を教育していった。
SAP ERPの導入によって、小木曽工業には多くの変化がもたらされた。
一番の成果は、締めにかかる期間を7日間から1日間に短縮できて月次決算の迅速化が実現したことだ。SAP ERP導入前は締め日に5時間にも及ぶ残業が当たり前だったが、SAP ERP導入後は残業が不要になった。
次に、生産計画の精度が大幅に向上した。SAP ERP導入から約1年で、販売計画の変更が生産計画に直接連動する一元的な仕組みを確立できた。営業が得意先の注文情報を更新すると必要な材料量が自動計算され、指示が出されるシステムになった。翌月の特定製品の負荷増加を予測して事前に資源と人員を適切に配置できるようになり、ピーク時の対応能力も向上した。
多工程にわたる製品やリードタイムの長い製品など、これまでは敬遠しがちだった複雑な製品もスムーズな生産が可能になった。SAP ERPによって売上予測を基に工場の負荷を想定し、精緻な生産計画を立てられるからだ。この効果は、コロナ禍で自動化関連製品の需要が増加した際に如実に表れ、15〜16%少ない人員で過去最高の売り上げを達成するという成果につながった。
業務効率化の面でも大きな進展があった。SAP ERPで業務プロセスを標準化した結果、RPAの活用や一括データ処理が可能になり、工場や本社以外の拠点でも同様の効率化が実現した。
顧客満足度の向上も顕著な成果の一つだ。これまでは得意先の要望に対して営業担当者が曖昧(あいまい)な回答をせざるを得なかったこともあったが、データに基づいて迅速かつ正確に回答できるようになった。
小木曽氏は、これらを総括して次のように語る。
「最も大きな成果は、会社の発展を見据えて正確な経営指標を確認しながら経営判断が可能になったことです。経営として、限られた資源をどこに投資すればよいのか、数字を見ながら判断できるようになりました」
具体的な成果は、売上高の構成比の変化に表れている。SAP ERP導入直後、売上高構成比は自動車産業向けが50%強、産業機械向けが15%程度だったが、今では自動車向けが40%以下、産業機械向けが20%ほどになった。従業員数や設備の大幅な増強なしに付加価値の高い製品の比率を伸ばせたことになる。
SAP ERPの導入によって経営改革を実現し、新たな成長のステージに立った小木曽工業。今後はBIツールを整備し、より数値に基づいた意思決定ができる環境を構築する考えだ。生産データだけでなく品質データなどの多様なデータを蓄積・活用し、SAP ERPのマスターを基礎とした判断や稼働状況および品質の安定にも注力する予定だ。
最後に、SAP ERP導入を検討する中堅・中小企業に、小木曽氏は次のメッセージを送る。
「ERPは即時的な投資対効果が見えにくい側面があります。ですが、現代のITやデジタル処理能力の進化を考えるとERPから得られるデータを活用しない手はありません。企業が持つ強みやノウハウをシステムに落とし込み、それを利益に結び付ける方策を立てることが、次なる成長への強力な推進力となるのではないでしょうか」
小木曽工業の事例は、中堅・中小企業がSAP ERPを活用することで経営改革を実現し、新たな成長の道筋を見いだせることを示している。
SAPは、中堅・中小企業向けに「GROW with SAP」というすぐに使えるクラウドERPソリューションも提供している。導入期間の短縮、コストの最適化、業界のベストプラクティスの活用など、中堅・中小企業特有のニーズに応えるソリューションだ。SAP ERPの導入を通じて中堅・中小企業もデータ駆動型経営にシフトし、新たな競争力を獲得できる時代が到来している。
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