鉄腕アトムの歴史をつむぐ現代の技術者たち:日曜日の歴史探検
毎週日曜に最先端の技術の今と昔をコラム形式で振り返る「日曜日の歴史探検」。セカンドシーズンは、ロボットに焦点を当てていきたいと思います。鉄腕アトムの誕生からすでに6年以上たっているって、知ってました?
しばらくお休みをいただいておりました「日曜日の歴史探検」ですが、セカンドシーズンとして装いも新たに再開することになりました。ファーストシーズンは主に軍事産業での先端技術などを紹介してきましたが、セカンドシーズンでは、ロボットに焦点を当てて進めていきたいと思います。
一言にロボットといっても、そこにかかわる工学は広範です。センサーやアクチュエータ、人工知能、動力源、構造材料などロボットに必要な要素を考えていくと、情報工学だけではないことが分かります。電子電気工学や機械工業、さらには材料工学やエネルギー工学などが有機的に結びつくことが求められる「工学のデパート」こそロボットの研究開発です。
そんなロボットの研究開発で、日本は独特の発展を遂げています。一般的に、欧米ではロボットといえば人間が使役するもの、と考えられています。これは、キリスト教において、人間は神がつくりたもうたものであるため、人間を模したロボットを作ることは神への冒涜(ぼうとく)であるという思想が根付いているためと考えられます。また、機能主義であることも一因となっているかもしれません。このため、産業用ロボットはめざましく発展しましたが、それはあくまで操縦型か、あるいは人間との相互作用を想定していないものでした
日本のロボット産業を方向付けた「鉄腕アトム」
一方日本でも、ロボットがからくり人形と呼ばれ、使役するものとして存在してきました。その歴史は意外に古く、平安時代末期の「今昔物語」に記述を見ることもできます。江戸からくりの最高傑作とも呼ばれ、江戸時代であれば、「からくり儀右衛門」こと田中久重(この人こそ後に東芝を興す張本人でもあります)が作り上げた「弓曳き童子」もからくり人形ですが、人間を模した形態主義がじわじわと浸透しつつある様子がうかがえます。しかし、日本のロボット産業における形態主義への流れを決定づけたのは、何といっても手塚治虫が描いた「鉄腕アトム」の存在でしょう。
原作の公式設定によると、アトムの誕生日は2003年4月7日。手塚治虫が描いた2003年の世界は、ヒューマノイド型ロボットたちがすでに日常に溶け込んだ社会でした。もちろん鉄腕アトムでも、ロボットに対する規制は存在しています。アイザック・アシモフの制定したロボット工学三原則に似たロボット法が制定されていますし、アトムに限っていえば彼の電子頭脳には悪の回路が組み込まれていませんでした。こうした背景はあるものの、「人間と対等な存在」として描かれたロボットに強い影響を受けて育った世代が、現代日本のロボット工学を強く推進しています。
とりわけ、日常に溶け込み、人間との相互作用の中で生活することを念頭に開発されるヒューマノイド型ロボットの開発には日本は非常に積極的で、かつ、それを受け入れる土壌が存在します。機能主義で考えれば、そもそも不安定な二足歩行は優先度の高いことではありません。それ故、例えばホンダのASIMOを見て、欧米の技術者は「すごい」とは感じても、「この技術がどんな役に立つのか」と首をかしげてしまうでしょう。しかし、日本人技術者は、「これでアトムに近づいた」と満足げにうなずくのです。理科系の研究分野で欧米に大きく後れを取るといわれる日本ですが、この視点の違いこそが「ロボット大国・日本」を作り上げているといって過言ではないでしょう。
その軌跡はいずれ個別に振り返るとして、長年の研究開発は、人間に近い形態のロボットを完成させるに至りました。上述したASIMOやトヨタ自動車の「トヨタ・パートナーロボット」、川田工業と産業技術総合研究所(産総研)などが共同開発した「HRP-2」「HRP-3」などがその代表格です。
これらのヒューマノイド型ロボットは、「外骨格構造」という構造となっています。分かりやすくいえば、外側に硬い殻を持ち、その中にアクチュエーターやケーブルなどを詰め込んだ昆虫のような構造だということです。一方人間は、内部に硬い骨があり、それを柔らかい表皮が覆っている「内骨格」という骨格構造を持つ生物です。今から4年前に開催された「愛・地球博」では、内骨格構造を持つ恐竜型2足歩行ロボットが展示されていたのをご記憶の方もおられるかもしれません。このロボットは産総研と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が共同開発したものですが、このように、見た目の部分で人間そっくりのロボットを作ろうとする試みはさまざまな分野でさかんに行われています。
ロボットを知るために人間を知る
二足歩行はヒューマノイド型ロボットにとって重要なマイルストーンでしたが、近年、ロボット工学は別の問題に取り組みつつあるようです。それは、形態を人間に模したことで、今度は、思考形態もどう人間に近づけるかという問題です。現状のロボットは、あくまでセンサー情報を、あらかじめ決められたプログラムに渡して、それに対応する反応を返しているにすぎません。これによりあたかも喜怒哀楽を持った振る舞いを創り出すことができますが、実際にはロボットは理解しているわけではないのです。人間の行動や思考形式をモデル化するには至っていないのが現状ですが、思考形態をモデル化することは、実は人間自身の研究でもあります。人間を深く知るための研究と平行してロボット研究は進んでいくのです。
ただそれでも、現状ではヒューマノイド型ロボットの商業需要はほとんど存在しないのが実際のところです。それ故、ASIMOはテレビコマーシャルから出てきませんし、見かけるとしてもどこかのイベントでといった具合です。ヒューマノイド型ロボットの可能性は相応にあると考えられていますが、まだ先行開発といったフェーズを脱しきれていません。
そんな中、この3月には産総研が新たなヒューマノイド型ロボットを発表しました。知能システム研究部門ヒューマノイド研究グループが発表したこのヒューマノイド型ロボットは「HRP-4C」と呼ばれています。上述したHRP-2やHRP-3などの「HRP」シリーズの最新型として公開されたHRP-4Cは、日本人青年女性の平均値を参考にサイズが決められ、全身の自由度は42と人間に極めて近い動作を可能にすることで、展示会やファッションショーなどのエンターテインメント分野への応用を狙っています。芸者ロボットとしてなら意外に行けるのではないかと筆者は思ったりもします。
今回は、鉄腕アトムの誕生を目指す現代の開発者たちに焦点を当てました。次回は、ヒューマノイド型ロボットにとって重要なマイルストーンであった二足歩行がどのようにして実現されたのかを振り返っていきましょう。
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