つまらないプレゼンテーション、その理由と解決策:ITソリューション塾
プレゼンテーションの良し悪しは技巧ではない。相手の心を動かす情熱である。では、その情熱とはどこから沸いてくるのだろうか―。
50人ほどの聴衆を前に、前を見ることもなく、ただうつむき加減にマイクに向かって話す20代と思われるマーケティング担当の女性。まるで今日初めて手にした教科書を、突然教師に当てられ朗読するように促された小学生のように、中身も分からないまま平板に、そして朗々と読み上げていた。
彼女の後ろでは、パワーポイントのデフォルト書式に整理された文字が繰り出されている。ページごとに文字量にばらつきがあり、小さな文字や大きな文字が、ページが替わるたびにランダムに映し出されていた。クリップアートもさまざまなデザインが使われ、統一性がない。何とも「とっちらかった」という印象だった。
話の内容は、自社製品の機能、性能の解説に終始し、いかにこの製品が素晴らしいかを語っているようなのだが、一体どこがすごいのかよく分からなかった。それよりも何よりも、一体こちらの何を解決してくれるのかという課題設定が最後まで曖昧なままで、この製品の魅力は何だろうかと、こちら側が一生懸命考えなくてはならなかった。
ついに「これだ!」と自分なりに答えを見つけたときには、ちょっと興奮し、軽く握り拳。しかし、彼女の話の中には、その説明は一切なし。おいおい、そうじゃないでしょ、僕が説明してあげますよ、そう言いたい気持ちを抑えながら、20分間の講演が終わったときには、なんだか拷問から解放されたような気分を味わうことができた。久々にすごい(?)プレゼンテーションを聞いた。
好きだからこそ本質を知る
先日、ある研究職の方のプレゼンテーションを拝聴した。正直申し上げてドキュメンテーションはそれほど美しいとはいえなかった。しかし、とても引き込まれ、知らず知らずのうちにメモをとっていた。彼の見識の深さと洞察力、そして何よりも、この人はこういうことが大好きなんだなぁと、彼の人となりがはっきりと分かる素晴らしいプレゼンテーションだった。また、テクノロジーのもたらす価値、そして、私たちの生活やビジネスがどう変わるかもしっかりと説明されていた。あっという間の1時間だった。
この2人の最大の違いは、どこにあるのだろう。私は、語ろうとしていることへの「愛情」の深さではないかと思っている。
自分の語る対象への深い愛情。そして、大好きだからこそ徹底的にその本質に迫ろうとしている情熱。本質を知っているが故に、最終的に何を伝えればいいか、そのゴールを明確に知っているのでストーリーが簡潔。修飾語を一杯つけて着飾らなくても、その本質が明快で美しいから人の心にしっかりと突き刺さる。
確かに見栄えの良い資料を使ったり、分かりやすい話し方ができたりした方が相手に伝わりやすいだろう。しかし、何よりも自分が語ろうとするものへの深い愛情と理解がなければ、相手の心を動かすことはできない。
かつてのスティーブ・ジョブズのプレゼンテーションを見ると、彼の製品への愛情の深さを強く感じる。その愛情は決して独りよがりのものではなく、美しさが人を豊かにすること、この新しいライフスタイルがもっと素晴らしい人生をもたらせてくれることを彼はいつも語っていた。自己愛の発露としてではなく、Appleの製品を使う人、あるいは、世の中への熱い思いを感じる。そこが、彼のスピーチの魅力の1つだ。もちろんスピーチのテクニックも素晴らしい。しかし、それだけでは、あれだけ多くの人の心を動かし、時代の流れを作り出すことはできなかったように思う。
プレゼンテーションの技巧で悩んでいるという話を聞くことも多い。しかし、技巧よりも何よりも、自分たちの商品についての徹底した理解と愛情、そしてそれがもたらすお客様の幸せをあなたは理解していますかと、私が主宰する「言葉を磨く研修」で申し上げることがある。そんな思いがあれば、技巧は多少稚拙でも十分に相手の心を動かすことができるはずだ。
プレゼンテーションの本質は愛情だ。そして、愛情の本質は、それを聞く人が、自分のプレゼンテーションを聞いたとき、どのように感じ、何を考えてくれるかを思い描くことができる想像力だ。他人の目から見たプレゼンテーションをする自分の姿を想像する力といっても良いだろう。
そういう視点で、自分のプレゼンテーションをとらえてみてはどうだろうか。きっと、スキル向上の糸口が見つかるはずだ。
※本記事は斎藤昌義氏のオルタナティブ ブログ「ITソリューション塾」からの転載です。
斎藤昌義
ネットコマース株式会社・代表取締役
日本IBMで営業として大手電気・電子製造業を担当後、起業。現在はITベンダーやSI事業者の新規事業立ち上げ、IT部門のIT戦略策定やベンダー選定の支援にかかわる。
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