第30回 日本参入で、もはや「スタートアップ」じゃない:テクノロジーエバンジェリスト 小川大地の「ここが変だよ!? 日本のITインフラ」(2/2 ページ)
前回、スタートアップとベンチャー企業の“意外と大きな意味の違い”をひもときました。では、「採算度外視」の考え方もある欧米中心のスタートアップは、日本市場でもそんなにイケイケなのでしょうか。そこには……。
難易度の高い日本を攻略するには?
では、意外とレベルが高い彼らが日本を攻略するには何が必要でしょう。
- 日本語対応(製品・ドキュメント)
- 日本拠点とセールススタッフ
- 日本の文化にあった製品保証・販売チャネル・保守サポート体制
まずはこの辺りでしょう。ほかに“品質”などもあります。
1番目は前述の通りです。2番目については、名刺交換の際に先方の担当者が外国人で、しかも拠点の住所がシンガポールだったりしたらどう思いますか? サポート体制に不安を感じてしまうはずです。欧州などではイギリスの営業拠点から欧州全体をカバーするなんてのも普通によくある話なのですが、日本でビジネスする場合は、拠点が日本国内にあり、営業担当者も日本人、最低でも日本語ネイティブスピーカーでないと始まりません。
この点について、過去や他業種では、総合商社と手を組んで共同出資で日本法人を作るという手法が多くありました。しかし最近ではこのような方法はあまり見られないようです。LinkedInや外資系の転職エージェントなどを通じて、カントリーマネージャーと呼ばれるリーダーと日本人営業担当やプリセールスを雇い、シェアードオフィスを住所に日本拠点を立ち上げて迅速に乗り越えます。
しかしながら、3番目は厄介です。たった数人の日本人スタッフで納品後のトラブルや技術サポートまでは手が足りなません。通常は米国本社などにある開発拠点で全世界のサポートを行うのですが、日本では言語や時差の壁があります。だからといって日本での事業利益や見通しがない段階で、日本だけのために24時間対応のコールセンターを作るのは投資リスクです。
そう。当初は「儲けなんて後でよい」と言っていたスタートアップも、日本市場へ進出するころにはそれなりに成長しており、投資コストやリスクを考えるように変化しています。
ちなみに、この課題はそれほど気にしなくて大丈夫です。日本のITインフラ業界は代理店の仕組みが確立されており、コールセンターから販売チャネルまで色々と面倒を見てくれる代理店が多数存在します。頼りになる代理店と組めれば“ローカルキング”と呼ばれる地方の有力SIerへのアプローチも不可能ではありません。
なぜ、途中で大手に買収されたり、資本出資を受けるの?
無事に日本進出が成功し、メディアや展示会などで名前を聞くようになると、突然資金力のある大手メーカーとOEMを締結するケースが見られます。OEMはユーザーにとってうれしいこととされますが、買収提案を受け入れてしまうのもよくあるパターンです。日本で売れ始めるとなぜ多くはこうなるのでしょう?
これは先ほどの通り、日本市場へ進出した時点である程度成熟してしまっていることに起因します。陳腐化せずに会社をさらに成長させるとなると、より高いSLAを求める顧客やシステムに納めていかなければなりません。そして、このようなシステムは瑕疵(かし)への対応が重要になります。
例えば、ある製品の不具合が起因して、大企業の事業に直結するシステムを長時間止めてしまったとします。信頼を失う程度ならばまだよい方です。もし訴訟となり、補償問題になれば、会社ごと吹き飛んでしまいかねません。ですので、大企業や高いサービスレベルなど、身の丈以上のシステムに製品やサービスを納めるということは、それだけの“リスク”があり、いかなる結果にも対応できる“体力”が求められます。
このことは……、いろいろと揶揄(やゆ)される日本のSI構造も同じなのかもしれません。
買収の成功/失敗は、組織が大きくいろいろとレギュレーションが厳しい大手メーカーが、従来とは違う画期的な製品を生かしきれるかどうかです。もちろん、買収されたスタートアップ企業のメンバーの士気も影響します。その野心とアイデアを失わずにいられるか。
残念ながら消滅してしまうケースが多いですが、うまくマージされて成功しているケースもゼロではありません。このあたりについてもまた機会があれば解説したいと思います。
小川大地(おがわ・だいち)
日本ヒューレット・パッカード株式会社 仮想化・統合基盤テクノロジーエバンジェリスト。SANストレージの製品開発部門にてBCP/DRやデータベースバックアップに関するエンジニアリングを経験後、2006年より日本HPに入社。x86サーバー製品のプリセールス部門に所属し、WindowsやVMwareといったOS、仮想化レイヤーのソリューションアーキテクトを担当。2015年現在は、ハードウェアとソフトウェアの両方の知見を生かし、お客様の仮想化基盤やインフラ統合の導入プロジェクトをシステムデザインの視点から支援している。Microsoft MVPを5年連続、VMware vExpertを4年連続で個人受賞。
カバーエリアは、x86サーバー、仮想化基盤、インフラ統合(コンバージドインフラストラクチャ)、データセンターインフラ設計、サイジング、災害対策、Windows基盤、デスクトップ仮想化、シンクライアントソリューション
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