“勝ち組”日立は生成AIを「本当に」活用できるか? 社長のIR向け発言から考察:Weekly Memo(2/2 ページ)
生成AIのインパクトがもたらす事業機会とはどのようなものか。日立製作所の小島啓二CEOがIR向け説明会で多くの時間を割いて同社の生成AI事業について説明した意図とは。
なぜ日立はIR向けに「生成AI事業」を丁寧に説明したのか?
「これまで説明してきたように、生成AIは短期的にも中長期的にも日立に大きな事業機会をもたらすと確信している。そして、生成AIの出現を機に考えたのは、今後も生成AIのような大きな転換点となる技術が出現し、さまざまな社会課題の解決手段になるとともに、また新たな社会課題をもたらすことになるということだ」
こう話した小島氏は、そうした変化への対応について次のように述べた(図5)。
「転換点となる技術が出現すれば、そのインパクトを事業機会として成長する。そして、次の転換点を生む技術を見極めて積極的に投資し、技術力の向上と事業ポートフォリオを整備、拡充する。こうしたサイクルをしっかりと回すことで、大きな転換点を成長につなげて企業価値を向上させていく。大きな転換点がもたらす社会課題に素早く対応する力を磨いていく。日立はこうありたいと考えている」
では、次の転換点を生む技術をどのように見極めるのか。
「その見極めにも生成AIが寄与する。なぜならば、生成AIは研究の生産性を大きく向上させるポテンシャルがあるからだ。生成AIを研究に活用することで、量子計算や抗老化、核融合といった商用化にはまだ時間がかかると見られている領域における次の転換点も想定より早まる可能性がある。そうした見極めを的確にするためにもオープンイノベーションやコーポレートベンチャリング、バックキャスト型R&Dといった活動が重要だ」(小島氏)(図6)
以上が、小島氏の生成AIがもたらす事業機会に関するスピーチのエッセンスだ。
もちろん、同氏が話したのはあくまでも日立の考え方であり、取り組みだが、短期的なインパクトがもたらす事業機会(図3)における「ソフトウェア生産性向上効果の刈り取り」や、中長期的なインパクトがもたらす事業機会(図4)における「フロントラインワーカーの生産性向上の実現」「AI利用に伴う多様なリスク発現への対応」といった点は、他のITベンダー、さらには社内外に向けてDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めるさまざまな業種の企業にも当てはまる話だろう。
また、大きな転換点を生む技術を企業価値向上につなげるサイクル(図5)も、DX推進企業にとってはこれから必須の取り組みになるのではないか。このサイクルは企業競争力を決定付けるものとなるだろう。
最後に、今回の小島氏のスピーチで筆者が最も印象深かったのは、IR向け説明会にもかかわらず、時間の大半を生成AIに関連する話に割いていたことだ。上記のエッセンスだけでもお分かりいただけたと思うが、日立ほどの大所帯の企業でも生成AIはIRの観点から見ても最重要テーマであることが明確に見て取れた。
冒頭で紹介した小島氏の発言にもあるように、日立はこの10数年にわたって大改革を実施して再生を図った、日本企業の代表的な「勝ち組」と見られている。その大胆さもさることながら、大所帯といえども世の中の変化にいかに機敏に反応し、瞬発力をもって動くことが大事かを、小島氏のスピーチから感じ取ることができた。ただ、日立が生成AIを本当に活用し、他のDX推進企業を力強くけん引するような存在になり得るかどうかはこれからの活動次第だ。目を凝らして注視していきたい。
著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。
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