業務標準化の手間を9割減 三菱UFJ銀行は生成AIに「業務知識」をどう教えた?:AWS Summit Japan 2026
海外事務の標準化を進めている三菱UFJ銀行。熟練従業員に頼ってきた業務プロセスの精査を生成AIに置き換える過程で直面したのは、AI特有の誤情報や回答のバラつきだった。同行はこれをどう克服したのか。
業務の標準化は、たいてい「詳しい人」に頼って進む。手順書を読み解き、他拠点や他部署のやり方と突き合わせ、違いの理由まで確かめられる人材は限られている。その人の時間が作業量の上限になり、標準化は途中で止まる。
「標準化作業の一部を生成AIに任せられないか」と考えたIT部門は多いだろう。しかし、汎用(はんよう)の生成AIツールでは誤情報や回答のバラつきが発生し、思うようにプロジェクトが進捗(しんちょく)しない。どうすべきか――。
こうした課題を抱えていた、三菱UFJ銀行の事例を紹介する。
1日20万件の取引データ入力業務、どう標準化する?
三菱UFJ銀行は、世界30カ国に拠点を構え、3000人を超えるスタッフが1日平均20万件の取引データをシステムに入力している。その業務の約8割は、顧客が資金をやり取りする送金業務が占めている。
三菱UFJ銀行の溝口直樹氏(執行役員 国際事務企画部長)が率いる国際事務企画部は、「QCD」(Quality:品質、Cost:コスト、Delivery:納期)の“三方よし”となる事務サービスをビジョンに掲げる。顧客に安心・安全な品質のサービスを、適正なコストで大量かつ迅速に届けるという意味だ。溝口氏は、「事務サービスのQCD向上のため、事務の手作業を標準化してインドの事務集中センターに集約すると同時に、システムの自動化を進めている」と語る。
しかし、インドの事務集中センターへの集約率は、目標に対して約10%と低調に推移していた。
各国の拠点ごとに事務事故の発生率や取引単価、スタッフ1人当たりの生産性といった指標を比較すると、大きくバラついていることも分かった。海外事業の収益比率を20%から50%まで高めた中で、顧客の個別ニーズや現地の商慣習、当局の規制に対応したことによる事務のバリエーションの拡大がその背景にある。
同行の本部が海外拠点向けに発行している標準手続きのドキュメントは約600ページなのに対し、各拠点が作成した固有手続きのドキュメントは数百〜数千ページに及ぶ。
例えば、送金業務に関して標準手続きでは「担当者は顧客依頼に従って、送金データを登録する」といった大枠のルールが定められている。一方で各拠点は手続きとして「送金担当者は書面もしくは電磁的方法によって受け付けた顧客依頼に従って、勘定系システムに送金データを登録する」といったように、担い手や受け付け方法、登録先を特定して具体的に記述している。さらに経緯によって業務プロセスに違いが生じたり、事実上同じプロセスでも拠点ごとに表現が違ったりする。比較は容易ではなかった。
結局、業務の標準化は、同行が「知見者」と呼ぶベテラン従業員の力に頼らざるを得ない状態だった。知見者は膨大な手続きを確認し、一つずつプロセスのフローチャートを作成する。それを他拠点と比較して違いを見つけ、関係者と協議し、最終的に手続きを修正する――。手間も時間もかかる手順であるため、標準化作業を進めるほど知見者の負担が増し、限界は見えていた。
AIフローチャートで属人化を解消へ
標準化が知見者頼みになる状況を打破するため、溝口氏のチームが発案したツールが「AIフローチャート」だ。AIフローチャートは、従来の標準化プロセスにおけるフローチャートの作成、他拠点との比較、修正作業を生成AIが支援する仕組みだ。最終的な確認は人が担う必要があるが、知見者の作業負担が軽減される。生まれた時間を関係者との協議に充てることで、事務プロセス全体の標準化を進めることを目指している。
AIフローチャートは次のように動作する。まず準備作業として、基準となる手続き書類をアップロードする。その後、標準化の対象とするプロセスを選択すると、2つのフローチャートが自動的に作成され、画面に表示される。知見者は、色の違いや吹き出しで映し出される標準手続きとの違いを見ながら内容を確認し、必要に応じて修正する。
修正機能では、プログラムコードでなく自然言語を使ってAIに指示を出せる。RPA(Robotic Process Automation)で自動化できる事務のプロセスを修正したり、シドニー支店のベストプラクティスを他の拠点に反映したりできる。多言語に対応しており、日本と海外の関係者がそれぞれの言語で議論しながら修正を加える使い方も見込む。
AIフローチャートの導入で、フローチャートの作成、比較、修正に要する工数は1事例当たり11人日から1人日に減る。従来との比較で90%の工数を削減できる見込みだ。内訳は、作成が10人日から0.5人日、比較と修正がそれぞれ0.5人日から0.25人日になる。ただし、関係者との協議に要する1〜2人月は変わらない。
AIフローチャート導入のメリットは工数削減だけではない。人がフローチャート作成を担っていた頃は1対1の拠点比較にとどまっていたが、1対複数、あるいは全拠点を同時に比較することもできる。
溝口氏はこの結果を受け、「もはやリソースの制約は言い訳にならない。AIフローチャートを活用し、長年の経営課題であった海外事務のプロセスの標準化を完遂する覚悟を固めた」と述べる。
生成AI単独では、狙い通りの成果が出ない
実は、AIフローチャートの開発は全て順調に進んだわけではなかった。2024年に同行の生成AI活用第1号案件として選定されたが、約1年半の開発期間の中で困難にも直面した。
2025年5月までは、自社の環境内で生成AIのみを用いてフローチャートを作成しようと試みた。しかし、プロトタイプの品質は芳しくなく、拠点間の比較が困難な状態に陥った。生成AIがプロンプトや業務の手続きを誤って理解し、的外れで不正確なフローチャートが多数出力されたためだ。
「例えば、『ニューヨーク支店の送金手続きを分かりやすくチャートにしてほしい』と指示すると、カラフル過ぎるチャートが出てきたり、逆に過度に単純化して短すぎるチャートが出力されたりするケースもあった。AIの出力が安定せず、本来は複数の人間が担当している事務を『1人』と読み違える間違いも発生した」(溝口氏)
AIの出力が人間の意図からずれるミスアラインメント(misalignment)や、事実に基づかない情報を生成するハルシネーションが頻発し、プロジェクトは成果を出せずにいた。溝口氏が別のプロジェクトへの乗り換えを考え始めたころ、AWS(Amazon Web Services)から新たな提案を受けた。それが、生成AIに「オントロジー」と「ナレッジグラフ」という2つの技術を加えることだった。
オントロジーとナレッジグラフの組み合わせが突破口に
オントロジーとナレッジグラフは、情報をノード(点)とエッジ(線)を用いた多次元のネットワークで表現する点で共通している。「しかし、両者の役割は異なる。オントロジーが概念と関係性を定義する設計図であるのに対し、ナレッジグラフは実体と関係性を整理したデータベースだ」と溝口氏は説明する。
「担当者が顧客依頼に従って送金データを登録する」という標準的なルールを例に取って説明しよう。担当者、顧客依頼、送金データという情報が「点」になり、それらを結ぶ行動が「線」になる。顧客依頼の先には受取人や通貨、金額、取引日といった情報が点と線で連なる。情報のつながりを設計図として整理してAIが解釈できるようにすることで、推論が可能になる。これがオントロジーの考え方だ。
拠点ごとの“表現の揺れ”についても、オントロジーという設計図を通して吸収し、比較可能なデータベースであるナレッジグラフを構築できる。溝口氏はこの関係性を、「オントロジー+データ=ナレッジグラフ」という式で簡潔に表現する。
同行はオントロジーとナレッジグラフを、生成AIと業務知見者の協働で構築した。
作業はまず、生成AIで本部の標準手続きを「トリプル」と呼ばれるデータに分解することから始まる。トリプルは主語、述語、目的語の3つの要素から構成される。トリプルの蓄積が、オントロジーの能力を決める心臓部だ。
次に、生成AIが分類したトリプルを知見者が確認し、修正を加える。これは英文法における正誤問題を解く練習に近い。加えて不完全なトリプルの要素を抽出し、知見者が補う「穴埋め問題」のプロセスも追加した。述語が抜け落ちている部分を補完する。場合によっては知見者が文脈を判断し、主語、述語、目的語の全てを入れ直す。
同行は基本問題から応用問題まで、この作業を繰り返し、約2万件のトリプルのパターンを作り上げてオントロジーに変換した。構築されたオントロジーとナレッジグラフの品質は、知見者の知識量に依存する。
開発の後半に当たる2025年6月以降は生成AI自体の機能向上も重なり、フローチャートの精度が改善した。
溝口氏は、「生成AIは言語処理能力が高く、24時間働き続けられる。しかし、初期状態では業務知見を全く持たない新入社員のような存在だ。だからAIに対しても、人間にするように業務の基礎知識を教育すればリスクを低減できる」と話す。
同行はオントロジーとナレッジグラフを、ベテラン従業員のノウハウをAIに引き継ぎ、業務標準化を進めるツールと位置付ける。
同行は今後の事業でも多様な展開が可能だと見込む。オントロジーとナレッジグラフには海外事務の業務知見が凝縮されており、事務プロセスの標準化だけでなく新規のシステム開発や成長戦略にも応用できるからだ。
同行はまず、2026年3月からユーザー部門が受け入れテスト(UAT)を実施する際のケース作成に適用する計画を示した。要件定義書の作成や業務知見の伝承も候補に入る。商品やサービスの新規導入では、業務プロセスの効率化と関連手続きの作成、担い手の教育に生かす。海外拠点の新設では業務プロセスの標準化に、M&Aでは対象企業の業務のデューデリジェンスやPMI(買収後の統合プロセス)の効率化に利用することも見据える。
溝口氏は最後に、「今回構築したオントロジーとナレッジグラフを武器に、人とAIが相互に高め合うAIネイティブな組織に向け、歩みを進めていきたい」と語った。
本稿は、アマゾン ウェブ サービス ジャパンが主催したイベント「AWS Summit Japan 2026」(開催日:2026年6月25〜26日)で三菱UFJ銀行の溝口直樹氏(執行役員 国際事務企画部長)が「三菱UFJ銀行のオントロジー×ナレッジグラフを活用した海外事務プロセスの効率化」というテーマで講演した内容を編集部で再構成したものだ。
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