不足しているのはスキル? それともプロセス?:やる気を引き出すプロジェクト管理(4)(2/2 ページ)
仕事には、不確実性が付きものだ。未来を予知できない限り、プロジェクトの前途に潜むリスクをすべて把握することは不可能である。しかし、仕事の精度を上げることでリスクを減らすことができる。その具体的な方法とは?
精度向上の具体的な施策
A社とB社の事例では、A社は「標準化」(および「経験者のレビューを受ける」)に重点を置いた対策が、B社の場合は「個人の知識・経験の向上」を中心にした対策が有効であると述べました。
では、具体的にはそれぞれどのような施策が打てるのでしょうか?
見積もりマニュアルの策定
A社は属人的な業務を改善し、精度向上を図るために、以下の業務の標準化を推進することにしました。
- 見積もり業務
- 要件定義業務
まずは、上記それぞれの業務マニュアルを作成・運用することで、業務の精度向上と社員への周知徹底を図ることにしました。
以下に、見積もりマニュアルの目次の一例を挙げます。
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A社ではこれまで、見積もり業務は営業マンが個人の経験を頼りに行っていましたが、精度向上のために一部ファンクションポイント法(FP法)を採用しました。しかし、ファンクションポイント法だけでは見積もりの現実的な妥当性を判断することができないため、経験的手法での見積もり結果と突き合わせることで最終的な精度向上を図りました。
また、見積もりの根拠となる情報を顧客からヒアリングする際のインタビュー項目も併せて標準化しました。そして、定期的に見積もりと実際に要した工数・金額の対比を行うことで、継続的に精度の向上を行います。
一般的に、見積もりの精度を向上させるためには、以下の手順を踏みます。
- インタビューで要件をしっかり聞く
- インタビューの結果を基に工数・金額の見積もりを作成
- 実際に要した工数・金額を把握
- 見積もりと実際を対比
- 見積もりと実際に差異が生じた場合、その原因を分析
- 上記1から5の繰り返しにより、標準工数・金額を設定
こうした手順を標準化し、継続して繰り返し実施することにより、見積もり業務の精度向上を図ることができます。
要件定義書の標準化
A社では従来、要件定義書はプロジェクトマネージャがおのおの独自のフォーマットを用いて作成していました。しかし、社内勉強会を開催してさまざまなフォーマットを共有化することにより、要件定義書の標準版を作成することができました。
以下は、標準化した要件定義書の目次の一例です。
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A社では、このように要件定義書の標準化を全社レベルで行った結果、要件定義に起因するトラブルが半分程度にまで減少しました。
人材育成計画を作成
一方のB社ではA社と異なり、ほぼすべての業務がすでに標準化されていました。B社の抱える問題はA社とは逆に、個人の知識・経験が不足しているところにありました。そこで、人材の育成計画を作成することにしました。
B社では最初に、「自社のシステムエンジニアにどのような能力を身に付けてほしいか」を示すために、外部の専門家を招いて「人材能力モデル」(「スキルマップ」と呼ぶこともある)を作成しました。以下の図をご覧ください(図5)
最も基礎的な力である「熱意」や「基本的な考え方」から、最上位の「プロジェクトマネジメント能力」までを体系的に挙げていますが、この中で精度を向上させるために最も効果的な教育は「業務知識」「業界知識」の習得です。これらの知識を身に付けることで、ヒアリング時の「ヌケ・モレ」を相当数減らすことができます。一般的に、経験を積むほど仕事の精度が高まるのは、この知識の習得によるものが大きいといえるでしょう。
では、効果的に「業務知識」「業界知識」を習得するにはどうすればいいのでしょうか? 最も一般的なのは実務で経験を積むことですが、知識の偏りが発生するなど、効率の悪い側面もあります。
知識は、「体系」を学んでから実務を行うことで、より効果的に吸収することができます。
下の図をご覧ください(図6)。業務アプリケーションの要件定義を行う際に必須となる「伝票起票から決算書作成まで」の業務知識が1枚の図にまとめてあります。
顧客の業務を把握するに当たり、個々の業務に対する理解を深めることはもちろん重要ですが、上のフロー図のように業務全体の流れを体系的につかんでおくこともとても大事です。問題領域の全体像を頭に入れておくだけで、現場でのヒアリングの精度は格段に上がります。
このような知識の体系は、経験だけで得た断片的な知識だけではなかなか形成されません。会社として勉強会などを開催し、社員に対して体系的な学習の機会を提供することが重要です。
さらに勉強会の効果を高めたい場合には、「ペーパーテスト」を行うことをお勧めします。「いまさらペーパーテスト?」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、勉強会の集中力アップと、習熟度の判定、競争意識の醸成には非常に効果的です。「今日はテストがあります」と勉強会が始まる前に一言いうだけで、学習効果は倍増します。
ここで一例として、経理業務の基本知識に関するテスト事例を以下に示します。いずれも、業務アプリケーションの要件定義では必須の知識です。
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いかがだったでしょうか? 一見こうした知識は、プロジェクトマネジメントとは関係がないようにも思えるかもしれません。しかし、要件定義やWBS・スケジュールの精度を向上させるためには、こうした地道な努力によって業務知識や業界知識を吸収していくことが非常に効果的なのです。
筆者プロフィール
安達 裕哉(あだち ゆうや)
トーマツ イノベーション株式会社 シニアマネージャ
筑波大学大学院環境科学研究科修了後、大手コンサルティング会社を経てトーマツ イノベーション株式会社に入社。現在、主としてIT業界を対象にプロジェクトマネジメント、人事・教育制度構築などのコンサルティングに従事する。そのほかにもCOBIT、ITサービスマネジメント、情報セキュリティにおいても専門領域を持ち、コンサルティングをはじめとして、企業内研修・セミナー活動を積極的に行う。
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