この手法を使ったのは、純粋に100Hz以下の低音域を取り出したかったからだ。もっと高い周波数まで使うと、音が濁る。高音域をカットするにはコイルを用いたネットワークを使う方法もあるが、そんなものはカナル型のヘッドホンにはどこにも収まるスペースがない。代わりに小さなチップ部品を使うとクロスオーバーはせいぜい4kHz止まりで100Hzなんてほぼ不可能。そこで三浦は、電気的にクロスさせるのではなく、音響的なフィルターとなるこの方式をヘッドホンに初めて導入したのである。
その鍵となったのが「ストリームダクト」と呼ぶ細い管だ。注射器の針を使い試作モデルを完成させた時は、「まるで宇宙人の耳のようだった」と開発スタッフは懐述する。
開発に着手しておよそ1年の歳月を経てようやく満足のゆく結果を得るまでになったが、ストリームダクトの長さと材質については、「試行錯誤の繰り返しでした。長くすると低音は出るのですが、分解能がなくなりますから、時間がかかりましたね」と三浦は話す。ダクトの内径は0.4ミリ、長さは30ミリに決まったが、ここに行き着くまでは15ミリから45ミリの範囲で試作を繰り返したという。社内を宇宙人のような耳をしたエンジニアが跋扈(ばっこ)する姿に皆が大笑いしたのだそうだ。
もっともこのままでは製品化することは出来ない。そこでこのダクトをドライバーユニットに沿って曲げることにしたのだが、これがまた一筋縄ではいかなかった。折れたり形状が歪んだりしたからである。「金属パイプを諦めてシリコンチューブにしようかなと思ったこともあったのですが、これだとどうしても低音域が柔らかくなるんです」。くじけそうになりながらも自らを奮い立たせ、半年を費やしてついに完成に漕ぎつけた。これが新製品の最大のセールス・ポイントとなる新開発の「ストリームウーハー」である。
HA-FXZ200とFXZ100のもう1つの特徴は、低音域の豊かさと釣り合うクリアな中高域の再現を可能にしたことだろう。そのためこのモデルには低音域のウーハーにカーボン振動板を用いた8.8ミリ径のユニットを1基、そして中高域用には振動板に各々カーボンナノチューブ/カーボンをコーティングした5.8ミリ径のユニットを2基、合計3基が使われている。通常なら中高音域用も1基で済むはずだが、量感あふれる低音域とのバランスを考え独自開発のツインシステムユニットを採用した。これもまたダイナミック型のヘッドホンでは、初の快挙だ。いずれも磁束密度の高いネオジウムの磁気回路がリニアリティの高い動作を約束する。そしてツインユニットを支えるハウジングの中央部にストリームウーハーのダクトが延びて、サウンドが一体化される……これが彼が目指した「LIVE BEAT SYSTEM」なのだ。
ハウジングについても三浦は語る。ツインシステムユニットのユニットベースはいずれもブラス(真ちゅう)製だが、プレスではなく切削加工を施した。こんな小さな部品が良く切削できるものだと感心させられるが、精度と歪への徹底したこだわりがこうしたところにも良く現れている。パーツ総てがコンパクトなので、わずかな狂いも許されない。そしてこうしたアプローチが良い音を生み出す影の力になっている。
ストリームウーハーのハウジングも同様に切削加工で仕上げてあるが、HA-FXZ200に真ちゅう、FXZ100にはアルミを用いて、製品の性格付けを変えているようだ。またそうしたものづくりを反映して、HA-FXZ200には純銀コートのケーブルを、FXZ100には無酸素銅のケーブルを使い分けている。「純銀コートのケーブルを使ったのはHA-FXZ200の解像度感を引き出すためですが、その成果を十分に音で味わっていただけるものと思います」と三浦は自信をのぞかせる。
HA-FXZ200とFXZ100は、音質へのこだわりはもちろんだが、素材や形状を視覚的にも楽しんでもらおうという遊び心が盛り込まれている点にも注目したい。コンパクトな製品なので、どこにそんな余裕があるのかと思ったら、スモーク樹脂のアウターケースを用いて、内部のレイアウトを見ることが出来るのである。前述したように精度の高いもの作りがなされていないと、とても出来ることではないが、こうした部分にも作り手の自負心がにじみ出ているように思った。
そうした誘惑にかられて、まずHA-FXZ200を手にした。
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