関連ニュース


音楽ダウンロードはいかにしてここまできたか? 黎明から夜明けまで
日本の音楽有料ダウンロードの歴史は、当初の加熱とすぐに訪れた冷却のみが注目され、ブレイクしたとは言い難かった。だが今日、サービスと使い勝手はいつの間にか洗練され、あらたな利用手段の登場により、明らかに状況は動きつつある。音楽配信サービスが歩んできた歴史と変遷を確認し、現状から未来像を考えてみたい。

 “インターネットを使った音楽配信”と聞くと、「いまさら?」「難しそう」と感じてしまわないだろうか。確かにインターネット音楽配信サービスは5年ほど前から開始されているが、これまでのサービスは使い勝手も洗練されたものとは言えなかった。

 しかし、その時代も終わりを告げ、今は本格的な音楽配信サービスが楽しめるようになりつつある。ここでは、音楽配信サービスが歩んできた歴史と変遷を確認し、現状から未来像を考えてみよう。

夜明け前――期待されるも即ブレイクとはいかず

 まずは理想像としての、インターネット音楽配信サービスのメリットを確認しておこう。「24時間いつでも買える」「最新ヒット曲からCDの流通量が少ない曲まで簡単に買える」「低価格」、この3つがインターネット音楽配信サービスの主なメリットだ。

 こうしたメリットをアピールして開始された音楽配信サービスだが、サービス開始直後からブレイクしたわけではない。

 日本国内での商用音楽配信サービスとしては、1997年にミュージック・シーオー・ジェーピーが、1999年にはソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)とリキッドオーディオがサービスを開始しているが、「価格・操作性・曲数、いずれにも問題があり、定着できたとは言い難たかった」と長嶺徹氏(レーベルゲート プロモーションチーム係長)は当時を振り返る。

 1999年から2001年にかけては、下記のように様々な企業が音楽配信サービスに乗り出した。CD販売を行うレコード会社が開始したものが多く、SMEのbitmusicを始めとして、エイベックスの「@MUSIC」、ビクターエンタテインメントの「なあ!(na@h!)」、2001年には東芝EMIのほか「du-ub.com」などが開始された。

日本の音楽配信サービス黎明期
1999年12月 SME、bitmusicのサービスを開始。開始時の曲数は44曲。
2000年4月 三洋電機、リキッドオーディオの技術を採用した「SOUND BOUTIQUE」を開始
2000年4月 エイベックスネットワークス、「@MUSIC」を開始。開始時の曲数は91曲
2000年4月 東芝EMI、椎名林檎の新曲が無償でダウンロード提供。2週間で25,000件がダウンロードされる
2000年4月 レーベルゲート発足
2000年4月 米Sony Music、デジタル音楽のダウンロード販売を開始、1曲2.5ドル前後
2000年4月 bitmusic、旧譜の発売を開始。
2000年4月 bitmusic、洋楽新譜の販売を開始。
2000年5月 ビクターエンタテインメント、音楽配信の実験を開始
2000年7月 ポニーキャニオン、「can-d.com」のサービスを開始。
2001年1月 ビクターエンタテインメント、「なあ!(na@h!)」をサービス開始。
2001年2月 東芝EMIほか、「du-ub.com」を開始

 しかしながら、それらの多くはレコード会社が自身の持つ音源を配信するというスタンスでサービスが提供されており、CDのプロモーション的な位置づけに過ぎなかった。

 加えて、「使い勝手(配信プラットフォーム・フォーマットがバラバラで、ユーザーに分かりにくさを与えた)」「値頃感がない価格(1曲あたり350円前後)」「曲数(基本的に自社レーベルの音楽のみを配信しており、ユーザーが店頭でCDを選ぶほどの選択肢は用意されていなかった)」という大きな問題を抱えていた。

 また、当時はまだブロードバンド環境が一般化しておらず、「4分の曲をダウンロードするために15分かかる」という話も極端な例ではなかった。上記の3要因に加えて、通信環境の未整備という条件が重なっており、極論すれば音楽配信サービスがブレイクする要因はなかったとも言える。

「使い勝手」を巡る動きがユーザーに分かりにくさを与えた

 音楽配信サービスが登場し始めた時期は、P2PでのMP3音楽ファイル違法交換による被害が深刻視されていた時期でもあり、「いかに著作物の権利を保護した状態で音楽配信を行うか」に各社はしのぎを削った。

 そのため、著作権管理機能を持った配信形式が多数登場した。マイクロソフトのWMT(Windows Media Technology)を始め、Liquid Audio、米IBMのEMMS(Electronic Media Management System)、ソニーのOepn MGなどだ。

 再生については。Windows OSの標準プレーヤーである「Windows Media Player」を使用する方法もあったが、各配信元ごとに独自のプレーヤーソフトを用意しているケースも多く、CDを再生するほどの気軽さがなかった。また、著作権管理を重視するあまり、CDに書き出せない例も多く、ユーザーが窮屈さを感じたことも爆発的な普及につながらなかった要因だろう。

 混乱を招く事態も多く起こった。ソフトバンク関連3社が1999年に設立した「イーズ・ミュージック」は1曲100円という低価格をアピールし注目を集めたが、結果としてサービスを開始することなく、2001年10月には解散となった。

 また、米Liquid Audioのライセンスを受けた、リキッドオーディオ・ジャパンも耳目を集めた。その技術自体は三洋電機の音楽配信サービス「SOUND BOUTIQUE」や、@Niftyの「Digital Music Store」に採用されるなどの評価を得、リキッドオーディオ・ジャパンも東証マザーズ上場第一号になるなど明るい話題もあったが、2002年7月に同社は社名変更を行い、音楽配信の表舞台から消えることになる。

 価格についても、2〜3曲収録されているCDシングルの価格が当時850円前後であったことから1曲300〜350円程度という設定がなされたようだが、使い勝手の面で煩雑さがあることを理解しながらも、10曲落とすとアルバムCD並の値段になってしまう価格で、通信費用をかけてわざわざダウンロードするユーザーが多くいるはずもなく、ユーザーの定着はほど遠い状態だった。

 2000年には、SMEやエイベックス、キングレコード、ポニーキャニオン、BMGファンハウスら大手レコード会社がレーベルの壁を越えた音楽配信サービス「レーベルゲート」を立ち上げたが、こちらも「価格」「操作性」「曲数」という同業他社と同様の問題を抱えており、注目こそ浴びたものの、ユーザー数の拡大には結びつかなかった。

アップルショックとブロードバンド環境の普及

 誰もが将来的にはブレイクすると感じながらも、普及の進まなかった音楽配信だが、米国で開始されたあるサービスを機に、事態は急速な動きを見せる。そのサービスとは、米AppleのiTunes Music Storeである。

“アップルショック”が起こった2003年
2003年5月 米Apple、iTunes Music Storeで1週間に100万曲を販売(開始16日で200万曲を販売)
2003年5月 RealNetworks、1曲79セントからという音楽配信サービスを開始
2003年8月 東芝EMIのdu-ub.comがサービスを終了
2003年9月 iTunes Music Storeの販売曲数が1000万を突破
2003年10月 Musicmatch、1曲99セントの配信サービスを開始
2003年12月 bitmusicが曲数を2万曲に増強、価格も値下げ (旧譜1曲150円、アルバムは1000〜1500円程度)

 1曲99セント(約120円)という低価格と、iPodというポータブルプレーヤーへの転送が自由に行えるiTunes Music Storeは大きな支持を得た。ファイル形式とプレーヤーソフトの互換性という点では課題を残したままといえるが、低価格性と、なによりも“ゆるい”著作権管理方法が、CDの使い勝手に慣れたユーザーに受け入れられたことがその要因だろう。

 米国の競合サービスはiTunes Music Storeに対抗する形で、曲数の増加と低価格化を推進した。そして、2001年のYahoo!BBを皮切りに一躍ブロードバンド大国となった日本でも、整備された通信インフラを活用できるサービスとして音楽配信サービスが再び脚光を浴びることになる。

改革が続いてきた曲数・使い勝手・価格

 苦戦の続いた国内の音楽配信サービスだが、各社はその中でも着々と問題点を解決すべく努力を続けていた。

 曲数については、SMEのbitmusicが2003年12月に曲数を2万曲に増強したほか、ビジネスとして成立することを目指して、各社が曲数の向上に努めた。レコード会社以外にも、TSUTAYAのようなレンタル業者がプロモーション目的で試聴サービスを開始したり、廃盤を専門に配信を行うサイトが登場するなど、音楽配信自体が一般化し始めた。

 なかでも、レーベルゲートは複数レコード会社の音源を配信できるというメリットを最大限に活かして、月に30曲以上のペースで新譜を追加するようになり、昨年12月にはアルバム単位での提供も開始した。また、洋盤や旧譜も積極的にライブラリに追加されるようになり、サービス名称が「Mora(モーラ)」となった4月には東芝EMIも参加し、曲数は3万8000曲を数えるまでになった。

図1

 Moraは、著作権管理方式にOpen MGを採用している。Open MG対応サービスならば、ダウンロードした音楽をメモリースティックスロットを備えた携帯電話やPDA、ネットワークウォークマン、Net MD対応のMDプレーヤーに持ち出して楽しめる。今までのサービスがPCでしか再生することができず、万が一PCがクラッシュしてしまった場合には、購入した音楽が消えてしまっていたこととは大きく異なる。“CDなみ”とまではいかないものの、大きな進歩といえるだろう。

 また、価格も1曲158円からと低価格化が進み、決済についても現在はクレジットカードのほかプリペイドカードのWebMoneyや、電子決済サービス(Smash)で決済できるサービスも増え、「Edy」「elio」といった非接触型ICカードによる方式にも対応している。

図2

音楽配信サービスは音楽との出会いの演出も目指す

 そして2004年。ブロードバンド環境の本格的な普及や、Any MusicのようなPCを利用しない新サービスも登場し、音楽配信サービス自体も本格的な普及の兆しを見せている。新時代に入ろうとしている音楽配信サービスは、今後、どのように進化していくのか。現在日本最大の規模で配信を行っているレーベルゲートのプロモーションチーム係長・長嶺徹氏に聞いた。

 「CDショップに行かない人が増えていると思います。時間がなかったり、音楽は好きなんだけど、足を運ぶ機会が減ってしまっている人とか。それに、ポップスを聴いて育った世代もまもなく50歳に近くなりますが、そうした人は今、大型のCDショップへ行くことに気後れを感じてしまうのではないかと思います」

 「そうした人も、音楽配信サービスを利用すれば、自宅で気軽に聴きたい曲を探して聴ける。音楽配信サービスは新しい体験になると思います。ビールでも片手に(笑)、よりリラックスした状態で音楽を探して聞ける、これは新しい体験です」(長嶺氏)

 “より気軽に音楽を楽しむための手段”、新世代に入りつつある音楽配信サービスはにはそうした可能性もあるのだ。懐かしい音楽をふと思い立ったときに楽しめ、その過程でこれまで聞いていなかった新しいアーティストの音楽に出会うかもしれない。

 PCを利用しなくても音楽配信サービスを利用できるAny Musicならば、TVにつないで使うこともできるので、TVで流れている曲が気になれば、すぐさまTVの前からサイトにアクセスして、その曲を試聴し、購入することもできる。

 「音楽配信サービスを使用すれば、ストレス無く新しい音楽を探せて、1曲単位でも買うことができます。そうすれば、そのアーティストに興味がわき、アルバムを聴いてみようかとなるかもしれません。音楽を聴く人が減ってしまうのが、音楽業界にとっては一番辛いこと。音楽に出会う機会をもっと広げることができれば」と長嶺氏は音楽配信サービスの可能性に期待を寄せる。

音楽の楽しみ方は確実に変化するだろう

 もちろん、各社はこれまでの努力を継続する。Moraでは、曲数を夏までに10万曲、来年3月までには15万曲の収録を目指しており、ペースは加速する一方だ。

 加えて、配信サービスならではのメリットも強化される。現在ほとんどのサイトで試聴サービスは提供されているが、これに加えて、CD発売との同時配信開始はもちろん、場合によってはTVやラジオでのオンエア解禁日と同時に提供が開始される。そのほか、プリンスのように、真っ先にダウンロードから提供が開始されるようなケースも今後増えると予想される。

 使い勝手面についても、現在、MoraではATRAC3+OpenMGの形で音楽が提供されているが、これに加えて、WMA(WMT)やAACでの配信も検討されている。特にAACへの対応がなされると、さまざまなデバイスを使って音楽を持ち出す可能性が生まれるので、より幅広い利用法が想定される。

 日本の主な音楽配信サイトで、音楽の購入方法が、IE+無償配布のプレーヤーソフトという形になっている点も注目したい。iTunesのようなジュークボックスソフトならば、その1本で曲探し→ダウンロード(決済)→他デバイスへの転送がこなせるので、PCを中心に利用するだけならばそのほうが容易だが、もうひとつの方法が用意されていることでさらに可能性が広がる。

 ライフスタイルが異なれば、音楽を楽しむシーンも異なる。IE+プレーヤーソフトという形態ならば、今後新たに登場するであろうさまざまなサービス形態・デバイスに対応できるからだ。それに、普段使っているWebブラウザで曲を探し、試聴し、購入することができる気軽さは、あたかもコンビニでおにぎりを買うような感覚での音楽購入体験とも言える。

 PCで楽しむ、ポータブルプレーヤーで楽しむ、カーオーディオで楽しむ、リビングで楽しむ。さまざまなシーンで音楽を楽しめることは今後の音楽配信サービスに欠かせない要素になるだろう。Moraでも、Any Musicをはじめ、急速に普及が進むデジタル家電に対しても積極的に対応していく姿勢を示している。

図3

 「今はまだ曲数を増やしていくということが急務という段階ですが、その後は決済サービスの拡充など、買いやすくするためのアプローチをしていきたいです。普段あまりCDを買わない人、今音楽を聴いていない人に対してどうアプローチするかが今後のポイントになると考えます」(長嶺氏)

 気軽に音楽を楽しむ為の手段として音楽配信サービスが普及すれば、そこから未知のアーティストへの興味がわき、アルバムを買い、コンサートに行き、という流れが生まれることが予想される。それに長嶺氏も言うように、CDショップから足が遠のいてた層も、改めて音楽の楽しさを発見することになるかもしれない。

 これからは、音楽配信サービスは単なる音楽のダウンロード提供だけではなく、音楽との出会いの場を創造する新時代のサービスとして急速に普及していくことだろう。

[渡邊宏,ITmedia]