著作権によるもうひとつのブレーキ:小寺信良の現象試考(2/2 ページ)
技術の進歩は新たな体験を利用者にもたらし続けてきたが、著作権法が思わぬブレーキをかけることもある。今年、本格離陸すると思われる「3D」についても、その懸念はある。
2D-3D変換は改変にあたるか
2D-3D変換機能は、少なくともARIBの一意性の確保の項目には当てはまらないと思われる。なぜならばこれは、コンテンツの複数表示ではなく、コンテンツそのものの表示体系の問題だからである。だからこそ逆に、著作権法の同一性保持権の侵害にあたる可能性は高まってくるとも言える。
ただ、コンテンツの性質を変えるようなことは、これまでにも行なわれてこなかったか。そうではないだろう。例えばオーディオのイコライザや、テレビの画質調整機能は、ある意味ユーザーが望む状態にコンテンツの性質を変える機能だといえる。そして、それらは必ず使わなければならないものではなく、ユーザーの意志で機能をOFFにできるものである。
2D-3D変換機能も、これらと同じようなものではないのか。しかしこれに関してメーカーが慎重にならざるを得ない理由は、意外な裁判の影響がある。
2001年に最高裁判決がでた、「ときめきメモリアル事件」がそれだ(ときメモ“いきなりエンディング”データはやっぱり違法──最高裁判決 )。この裁判に関しては、筆者よりも詳しい方がいくらでもいらっしゃると思うが、ご存じない方のために簡単に解説しておこう。
「ときめきメモリアル」というゲーム自体は、プレイヤーが操作するキャラにさまざまな能力を身につけさせることで、ヒロインから告白を受けるという、いわゆる恋愛シミュレーションゲームである。このゲームに対しある会社が、パラメータの初期値をあらかじめ高く設定し、誰でもヒロインと恋人同士になれるようにするメモリーカードを販売した。これをゲーム制作会社側が、同一性保持権の侵害で訴えた事件である。
この裁判では最終的にゲーム制作会社の主張が認められ、ゲームのようにインタラクティブで、結果がいろいろ変わるというものだとしても、本来想定された範囲を超えたストーリーの改変であるとし、同一性保持権の侵害に当たるということとなった。
この裁判のもうひとつの意味は、ユーザーが家庭内において、ユーザー自身が好んでやる改変であっても、その機能を提供する側が同一性保持権の侵害にあたる、ということである。2D-3D変換も、これに該当する可能性が高いため、現時点ではメーカーは機能搭載を見送らざるを得ないというわけだ。後付けで2D-3D変換を行なうプロセッサなども、業務用ならともかく、コンシューマ製品ではおそらく同様の問題に直面するだろう。
今これらの技術が一番進んでいるのは、日本の家電メーカーである。しかしその製品は、日本では販売できない。
CESでソニーが行なったプレスカンファレンスでは、ジミ・ヘンドリックスの往年のライブが3D化されて、上映された。2Dでは何度も見たことがある有名な映像ではあったが、実際に本物のライブはどうやっても見ることができないわけで、立体的に再現されたジミの姿に、また新たな感激が生まれた。
皆さんの中にも、思い出深い映像を大事に保存している人も多いことだろう。そしてそれらの映像の多くは、もう今さら3D化されることのない映像が大半なのではないだろうか。とくに自分が撮影した子どもの運動会や学芸会などは、絶対に市販されることがないわけだから、3D化するなら自分でやるしかないわけである。
そういう映像を、消費者の個人的な楽しみとして、対応テレビで3D化して見ることができないというのは、大変残念なことである。できればこの機能が、権利者とメーカー側の前向きな話し合いにより、日本人も世界の人と同じように楽しめる日が来ることを、願わずにはいられない。
小寺信は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は小寺氏と津田大介氏がさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社) amazonで購入)。
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