君は、“新幹線ガール”を超えられるか!?――ピースを見つける発想法
新幹線の車内販売員として働いているあなたは、ある日上司に呼び出されてこう告げられる。「来月から、新幹線の車内販売の売上を100倍にしてくれたまえ。そのためには、何をしても構わないよ」――さあ、あなたならどうする?
著者プロフィール:山口揚平
トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、デロイトトーマツコンサルティング等を経て、現在ブルーマーリンパートナーズ代表取締役。M&Aコンサルタントとして多数の大型買収案件に参画する中で、外資系ファンドの投資手法や財務の本質を学ぶ。現在は、上場企業のIRコンサルティングを手がけるほか、個人投資家向けの投資教育グループ「シェアーズ」を運営している。著書に「なぜか日本人が知らなかった新しい株の本」など。
1日に、通常の3倍の売上をあげる新幹線のカリスマ車内販売員がいるという。朝日新聞の天声人語でも紹介されたことがある、徳渕真利子さんという方だ。
彼女がどうやって通常の3倍もの売上をあげたのかについては、著書「新幹線ガール」に譲るとして、もしあなたがJRの職員で、上司に「3倍では足らん。新幹線の車内販売の売上を5倍にせよ」といわれたら、一体どうするだろうか?
売上を5倍、10倍にする方法
ちょっと考えてみてほしい。
おそらくまずは、従来の方法にちょっと工夫を凝らすだろう。たとえば、販売する商品を単価の高いものに変えたり、新幹線に客が乗り込む入り口でも販売したり、車内アナウンスで商品を紹介するなどのアイデアを思いつくかもしれない。
あるいはまた、カリスマ販売員の知恵をマニュアル化して、全販売員に教育するという組織的解決方法もあるだろう。
では、欲張りな上司が「今度は、従来の10倍を売り上げよ」といってきたらどうするか? あなたは今度は、従来とはまったく違う方法を考えなければならない。各車両に自動販売機を設置して販売機会を増やす。あるいは富山の薬売りよろしく、あらかじめ各座席にお菓子やらコーヒーポッドを設置し、お客が勝手に利用して後で清算する方式などはどうだろうか? 飛行機の機内販売のように、宝飾品など単価の高い商品を扱うというのも手ではある。
では、売上を100倍にしろ、と言われたら?
だがようやく課題を解決したあなたにはさらに難題が降ってくる。今度は、取締役が「車内販売を100倍にせよ」というのである。こうなると、さらにアクロバティックな解決策が必要である。
たとえば、コンサートチケットのように、特急券にあらかじめ“ワンドリンクチケット”をつけたり、車両を増やして乗客数を増やしたり。滞在時間を増やすために新幹線がゆっくり走る――なんて方法を考えるかもしれない。
そんな無茶な?!と思う方も多いだろう。
もちろん、中には荒唐無稽なアイデアやそれをやったら他が成り立たないようなアイデアもでてくるだろう。目的地に速く着くための新幹線が、車内販売のためにゆっくり走ったら、それは本末転倒である。
だがここでは、あえてそれは問題にすべきではない。重要なのはとにかく自由な発想でポンポンとアイデアを出すことなのだ。実現性の検証は後でいい。
思考のフレームを拡張せよ
この新幹線の話は発想法の1つの例で、ポイントは売上というバー(基準)を高めながら、思考の枠組みを徐々に広げてゆくという点にある。発想法の歴史は長いが、簡単に定義すればそれは「枠組み(フレーム)の拡張作業」といえる。
私たちは通常、無意識のうちに、思考の枠組みを経験的・体験的に制限している。従って、新しい枠組みを生み出すためには、「考える」という作業が必要になる。そしてその思考作業には、2つのコツがある。
1つは、絶対的だとされている前提を相対化してみること。そしてもう1つは、一見、異なるものの間に同じ要素を見出すこと、つまりアナロジー(類比・類推)である。
前者を新幹線の例に当てはめると、“販売員が販売する”という従来の方法(前提)を離れ、自動販売機や椅子への備え付け販売といった自動化、“ワンドリンクチケット”といった方法へも展開している。我々の周りのビジネスにおいても、絶対化されているもの、いつの間にか前提となっているものを、一度、相対化してみることは大切かもしれない。
アナロジーとは、他の事例を当該事例に当てはめるとどうなるのか?と考えることである。新幹線での車内販売を、先日掲載したコラム「ラーメン屋とカレー屋はどちらが儲かるのか?――5分で学ぶ“ロマンとソロバン”」に当てはめてみよう。
売上を増やすには、「席数」を増やし「滞在時間」を短くするということになる。そこから、席数を増やすという目的で車両を増やすアイデアや、新幹線がゆっくり走るというアイデア(新幹線に滞在する時間が増えれば、販売機会も高まる)が出てくる。他にも、ホテルではどうか? 飛行機ではどうか? ファーストフードではどうか? など、場所を変えたバージョンを考えてみるのもよいだろう。
アナロジー思考を鍛えるには、「笑点」が一番である。「えー、○○とかけまして、○○と解きます。その心は……」という思考訓練を、1週間に1度はやるといい(実は私もやっている)。
いずれにしても、発想の根本には外界や常識をシャットダウンして、ゼロから「考える」という努力の姿勢が求められる。googleや3Mといった画期的な商品を生み出す企業では、業務時間の20%を、通常業務ではなく新しいアイデアを考えたり、新商品を開発したりする時間に向けているという。
私たちはどうしても、目の前の仕事に埋没してしまいがちだが、たまには意識して視座(どこから見ているか)を高めてみることも必要だ。前提を疑い、全体の“パズル”を考え、ピースを組み替える――そういうことも必要だろう。
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