「誠倶楽部」に足りないものとは:保田隆明の時事日想
先週から始まった個人投資家のバーチャル企画「誠倶楽部」だが、正直読んでいて物足りない。バーチャルだからことできることがあるはずだし、また個人投資家には、機関投資家にはできないことができるからだ。それは……
著者プロフィール:保田隆明
やわらか系エコノミスト。外資系投資銀行2社で企業のM&A、企業財務戦略アドバイザリーを経たのち、起業し日本で3番目のSNSサイト「トモモト」を運営(現在は閉鎖)。その後ベンチャーキャピタル業を経て、現在はワクワク経済研究所代表として、日本のビジネスパーソンのビジネスリテラシー向上を目指し、経済、金融について柔らかく解説している。主な著書は『M&A時代 企業価値のホントの考え方』『投資事業組合とは何か』『なぜ株式投資はもうからないのか』『株式市場とM&A』『投資銀行青春白書』など。日本テレビやラジオNikkeiではビジネストレンドの番組を担当。ITmedia Anchordeskでは、IT&ネット分野の金融・経済コラムを連載中。公式サイト:http://wkwk.tv。ブログ:http://wkwk.tv/chou
先週から「Business Media 誠」のスタッフ3人によるリアルタイム連載「誠倶楽部」が始まっている(7月9日の記事参照)。
この企画、1人100万円を元手に3カ月間株式投資を行い、その結果をリアルタイムで毎週報告するというものだ。ただ、リアルマネーを用いているわけではなく、あくまでバーチャルで株式投資を体験している。つまり「買った」「売った」と仮定し、その時点での株価で損益を計算するという手法を取っている。したがって、どれだけ負けても、どれだけ勝っても、この3人の懐が痛むことも潤うこともない。
まだ2回が終わった段階なので、今後、肉となる知識や投資の考え方が登場するのかもしれない(7月17日の記事参照)が、第1回と第2回を見ている限りは、銘柄の当てっこゲームの域を出ておらず、若干お粗末な印象。今後に期待したいところである。
さて、今回の企画をきっかけに思い出した「個人投資家」と「機関投資家」の違いについて指摘したい。
バーチャルだからこそ信用取引を体験すべき
「誠倶楽部」では、1人がリアルマネーで、残り2人がバーチャルマネーで行うなどの工夫が欲しかった。リアルとバーチャルでは、リスクに対する考え方の違いが浮き彫りになるからだ。しかし、上場直後のアイティメディアでそんな企画をしようものなら、それこそ株主から大バッシングであろうから、不可能であることは重々承知の上である。
そこで、導入すべきは信用取引だ。今回の企画では信用取引が禁止されているが、バーチャル企画だからこそ信用取引を行い、それがもたらすリターンの大きさと、失敗したときのリスクを見せてほしい。バーチャルであれば「えいや!」で勝負できるため、100万円を全額失ってもいいのである。こういう企画でこそ、信用取引を擬似的に理解すべきだと思う。
株式投資の年率リターンは5〜7%
株式投資での平均リターンは5%〜7%程度とされている。過去30年間の日経平均の年率リターンは4.22%。これはバブル前後を含む数値であり、平均期間の取り方次第で大きく変わる。そのため意味のある数値ではないが、ひとつの目安にはなると思う。ちなみに、株式投資以外での資産運用手法別の年率リターンは、銀行の預金が0.5%以下、国債で1.5%程度、投資信託で2%程度である。それに比べると、株式投資の5%〜7%の年率リターンは確かに高い。
しかし、株式投資に参入する個人投資家で、年率5%〜7%のリターンを目指す人は多くないだろう。大半の人が「年率30%程度のリターンは欲しい」と思って株式投資をしているのではないか。100万円で株式投資を行い5%のリターンを確保しても、年間5万円しか利益が出ない。これは値下がりリスクという、損失リスクを抱えた上でのリターンである。それであれば損失リスクが比較的小さい投信や国債で数万円の利益を確保する、と考える人が多いだろう。
リスクが取れない機関投資家
株式投資の世界では、個人投資家に比べると機関投資家の方が圧倒的に有利だ。例えば情報量の格差など、理由を挙げればキリがない(6月19日の記事参照)。しかし、個人投資家が機関投資家より勝れている点もあるのだ。それは“大きなリスクを取った株式投資ができる”という点である。
機関投資家は、他人のお金を預かって運用をしているため、なるべく損失を回避したいのだ。損失を回避するためには分散投資を基本とし、何か1つの銘柄に大きく投資をするような手法は取れない。つまり、利益も損失もそこそこでしかないのである。
機関投資家の中にも、ヘッジファンドのように年率20%〜30%のリターンを目指して積極的にリスクを取りに行く投資家は一部存在する。だが資金量的には分散投資が基本で、市場のインデックス(日経平均やTOPIXなどの指標)より、少しでも高いリターンを目指す機関投資家が主流である。
失ってもいいお金で、一攫千金を目指すべき
そういう事情がある機関投資家に対し、個人投資家は失ってもいいお金でリスクを取り、莫大なリターンを目指すのも選択肢の1つだろう。
1つの銘柄に投資をすることは、機関投資家にはできないが、個人投資家ならできる。またリスクを拡大して、リターンを増やす方法として上述の信用取引が存在する。お金か株式を証券会社から借りて、自分の保有資産の3倍の金額で株式投資を行うことができる。100万円しか持っていなくとも300万円分の投資ができるので、同じ30%のリターンでも、前者なら30万円の利益だが、後者では90万円の利益となる。同じ元手でほぼ倍増させることができるのだ。
もちろんこれは、損をした場合もそれだけ多くの損失を被ることになり、100万円が一挙に10万円になる可能性もある。しかし、失ってもいいお金であれば、一攫千金を目指すのが最も理に適うのではないだろうか。
ただ、失ってもいいお金を持っている個人は少ないので、信用取引を活用すべき人たちは限られている。今回の『誠倶楽部』のようにバーチャルであれば、信用取引の“酸いも甘いも”見せてほしい。現実には、失ってはいけないお金であるにも関わらず、信用取引に手を出してしまう。そして、多額な損失を抱えている個人投資家が多く存在する。その意味でも、信用取引のリスク面を疑似体験させてくれる企画は貴重である。
(なお、本コラムは信用取引を推奨するものではない。あくまでも、個人投資家はリスクを取れるという点では、機関投資家に比べて優位であることを指摘するのみである。)
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