最高裁の決定で、結局トクをしたのは誰?――ブルドックソース VS スティールパートナーズ:保田隆明の時事日想
8月7日、最高裁判所はブルドックソースの買収防衛策を認め、スティールパートナーズの“負け”が決定した。しかしスティールはTOBを継続しているし、ブルドックソースには10億を超える赤字が残る見込みだ。一連の闘争、そして最高裁の決定で、結局何が変わったのだろうか?
大手ソースメーカー・ブルドックソース(証券コード:2804)に対してTOB(株式公開買付)を仕掛けた、米系投資ファンドのスティールパートナーズ。8月7日、最高裁は高裁、地裁の判断を支持し、ブルドックの買収防衛策を認めた。これにより、法廷でのスティールの負けが確定したことになる。
スティールが負けて一件落着――多くの人はそう思っているかもしれないが、ゲームは振り出しに戻っただけだ。今後この問題の焦点は、買収防衛策の無策ぶりと、ブルドックの株主が失った財産へと変わっていくはずだ。
スティールから見た現状:買収総額自体は変わっていない
8月8日、スティールは早速TOBの価格を1700円から425円に引き下げた。これは、ブルドックの買収防衛策が認められ、株数が約4倍になることを受けての措置である。1700円÷4=425円ということだ。新たに発行される株式もTOBの対象となり、TOB期間は証券取引法の決まりで10営業日延長される。
買収防衛策の仕組みは以前も書いたのでそちらを参照していただければと思うが(6月14日の記事参照)、今回の防衛策が発動されても、増えるのは株数だけで、買収金額自体が増額するわけではない。したがって、スティールは防衛策が認められたからといってTOBを撤回する必要性もなく、粛々と株数に応じてTOB価格を調整するだけのことである。
ブルドックから見た現状:買収の脅威は去っていない
最高裁がブルドックの防衛策を認めた8月7日時点で、ブルドック株価の終値は630円だった。それに比べるとスティールが提示している新たなTOB価格の425円は全く魅力がなく、一見、TOB成立の可能性は低いのではないように見える。しかし、630円という株価はさまざまな思惑でついていた株価レベルであり、最高裁が防衛策を認めたことで株数の増加が確実になった現段階では、630円の株価を説明することはできなくなる。案の定、8日の株式市場では、ブルドックの株価はストップ安で値がつかない状態となった。
ここ数週間のブルドックの株価は完全なマネーゲームの様相を呈していた。当初1600円程度で推移していた株価は、地裁で防衛策が認められて新株予約権が発行されたことにより、理論的には400円台に落ちるはずだった。実際、株価は500円程度まで下がったが、最高裁で買収防衛策が認められない可能性もある(その場合の株価は元通りの1600円程度)ということで、株価は700円前後で推移していた。
しかし今回、最高裁が防衛策を認めたことで株数が3.6倍に増えることは確定した。それに伴い、株価の法廷プレミアムは剥げ落ち、理論的には株価は400円台になる。そうなると、スティールが新たに設定した425円というTOB価格でも、TOB成立の可能性が出てくる。つまり、ブルドックにとっては、買収されるかもしれない脅威は、防衛策発動の前後で全く変わっていないのである。
なんのための買収防衛策発動だったのか?
スティールにとっては、高裁の段階で濫用的買収者と断定されたことが大きな誤算ではあったものの、経済的観点で見れば、当初からブルドック買収に支払う予定だった金額は変わっておらず、今回の最高裁の判断で特に苦しむことはない。単にTOBの期間が長くなっただけとも言える。
ブルドックにしてみれば、何のために買収防衛策を導入し、発動したのだということになる。「あんなに大騒ぎしたのに、スティールは涼しい顔をしてTOBを続けている。TOBを撤回させることができないのなら、防衛策として機能していないではないか」というわけである。
そのとおりだ。防衛策は実質的には無策である。しかし、防衛策とはそもそもそういうものなのである。本当の防衛策の目的は、買収提案を撤回させることではなく、時間稼ぎにある。経営陣が株主に対して、自分たちに引き続き経営を任せてほしいとアピールするための新たな事業計画の策定や、メッセージの浸透のための時間を確保することが防衛策の目的なのだ。
その点、今回の防衛策は完全に無策とは言えない。むしろ、よく機能したほうだと思う。しかも、高裁の判断ではスティールを濫用的買収者と断定させるという“おまけ”までついてきたので、今後スティールのTOBに応じる株主が減る可能性もある。しかし、買収されるリスクを排除できたわけではない。
高笑いしたのは、法律事務所、証券会社のみ
その一方で、ブルドックは弁護士、証券会社に対して、防衛策関連の費用として億単位の金を支払った。収益規模の小さいブルドックにとっては、営業利益を吹き飛ばすほどの額である。買収されるリスクも排除できず、営業利益も大幅減。それでも株主にとって必要な買収防衛策導入、発動だったのか? 株主は今後、このことについて冷静に判断する必要がある。スティール側の法廷関連費用も高くついているはずなので、弁護士業界が潤ったことだけは事実だ。
結局のところ、ブルドックの株主のお金で、裁判所が判例を作り、弁護士や投資銀行、証券会社がそれをもとに学習するという構図である。ブルドックの株主はこれを、自分たちが日本の株式市場の発展に寄与をしたと喜ぶのか、それとも、自分たちの財産が法律事務所と証券会社に持ち逃げされたと思うのか。一つ明らかなのは億単位のフィーが流出することにより、ブルドックの株主価値、企業価値が減少することである。
再びホワイトナイトかMBOの可能性も浮上する
先日、不動産ファンドを運営するダヴィンチ・アドバイザーズがテーオーシーへの敵対的買収に失敗したように、スティールのTOBが失敗に終わる可能性も低くはない。しかしブルドックソースが完全に防衛するには、ホワイトナイトを連れてくるか、MBOをするしかない。時間を稼いでいたのは、これらの戦略を仕込むための準備期間であることも、敵対的買収の現場ではよくある。そして、市場がそれらの可能性が高いと見る場合は、株価はホワイトナイトとの買収合戦を予想してTOB価格を上回るレベルで推移することになる。
果たしてブルドックは、この数カ月間の法廷闘争期間に何らかの代替策を準備していたのだろうか。それらが見えてきて、やっとこの闘争の決着の行方が見えてくる。
関連記事
- スティール法廷闘争の余波で、村上ファンドは“グリーンメーラー”になるのか
グリーンメーラーに認定されたスティール・パートナーズ。過去の投資事例が“ゆすり”の類であったと判断された。スティール法廷闘争で村上ファンドは、カネボウはどうなる? - 村上ファンドやホリエモンにあって、スティール・パートナーズになかったもの
過去最高の株主提案が提出されたが、結果は経営陣の圧勝であった。ファンド側のうさん臭さに、一般株主が賛同できなかったのだろう。考えてみればホリエモンと村上ファンドは巧みだった……。 - 新株を発行する企業が減っている理由――“資本コスト”って何?
景気が回復し、企業業績が安定成長期に入ったことで、企業の資金調達の方法が変わりつつある。今後、日本の企業財務を考える上で、重要なキーワードになると思われるのが「資本コスト」だ。 - グリーンメーラーの汚名返上か? スティール・パートナーズ
ブルドックソースに敵対的TOBを仕掛けたスティール・パートナーズ。買収防衛策を導入すると発表したブルドックだが、すでに「経済的リターン」でスティールが勝っているという。両者の狙いと背景に迫る。 - ブルドックソース、4つの選択肢――ホワイトナイトの可能性は低い?
スティール・パートナーズが、ブルドックソースへのTOBを開始。絶妙なタイミングで日経ビジネスに登場し、友好的投資者だとインタビュー記事でアピールしている。ブルドックソースが取りうる選択肢は大きく4つだ。果たしてどの手を取るのが賢いのか……?
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.