ゴールドマン・サックスがシティ株を“売り推奨”した理由 :保田隆明の時事日想
今週、日本の株式市場は軟調な動きを見せている。原因は米国株式市場の不調であり、さらには今週初めにゴールドマンのアナリストが、シティグループの株式を中立から売り推奨に変更したというニュースがきっかけだ。ゴールドマンはなぜ、売り推奨を出したのだろうか?
著者プロフィール:保田隆明
やわらか系エコノミスト。外資系投資銀行2社で企業のM&A、企業財務戦略アドバイザリーを経たのち、起業し日本で3番目のSNSサイト「トモモト」を運営(現在は閉鎖)。その後ベンチャーキャピタル業を経て、現在はワクワク経済研究所代表として、日本のビジネスパーソンのビジネスリテラシー向上を目指し、経済、金融について柔らかく解説している。主な著書は「M&A時代 企業価値のホントの考え方」「投資事業組合とは何か」「なぜ株式投資はもうからないのか」「株式市場とM&A」「投資銀行青春白書」など。日本テレビやラジオNikkeiではビジネストレンドの番組を担当。ITmedia Anchordeskでは、IT&ネット分野の金融・経済コラムを連載中。公式サイト:http://wkwk.tv/ブログ:http://wkwk.tv/chou
今週始め、大手投資銀行のゴールドマン・サックスの銀行セクター担当株式アナリストが、シティグループの株式を「中立」から「売り」推奨に変更し、米国の株式市場は値を下げた。その余波を受け、日本の株式市場も軟調な動きとなっている(19日/20日/21日の東京株式市場)。
ゴールドマンのアナリストが、シティグループの株式を売れと言う理由は、サブプライムローンが原因で、シティがさらに巨額の損失を出す可能性があるからというものだ。ただでさえサブプライムローン問題に対して疑心暗鬼になっている市場に対し、動揺を与えるには十分な内容である。
対象は米国の代表的銀行であるシティグループ。しかも売り推奨をしているのが、天下のゴールドマン・サックスのアナリストだというのである。米国市場が動揺しないほうがおかしいくらいだろう。
ターゲット株価と前日株価の差はたった1ドル
ゴールドマンのアナリストが、今回のアナリストレポートで予測したシティのターゲット株価※は33ドル。一方、レポートが発表される前営業日(11月16日)のシティグループの株価は34ドル近辺で、その差は1ドル程度だった。シティの株価が「中立」から「売り」推奨になったとニュースで聞くと、「それはまずい! 今すぐ売らねば!」と思うが、ターゲット価格と実際の株価では、実はたったの1ドルしか変わらなかったのである。
株式アナリストは、投資家に対して「買い」「中立」「売り」のどれかの推奨をする。しかし実際には、多くの推奨は買い、または中立で、売り推奨は数が少ない。
その理由は単純だ。証券会社の株式アナリストがある企業に対して売り推奨をすれば、当然企業は怒ってその証券会社とのビジネスを打ち切ってしまうだろう。証券会社はクライアントを失ってしまうのである。したがって株式アナリストによる売り推奨は、そもそも企業からの仕事をあまりもらえないような2流、3流の証券会社や投資銀行が行うケースが多い。一流の証券会社のアナリストの場合、「売り推奨をするぐらいならば、当該株式に対する推奨をそもそもやらない」ということになるのだ。
こうした背景があるため、ピカピカの銘柄に対して、ピカピカの証券会社が売り推奨を行う例はあまりお目にかかれない。そのレアなケースが、今回ゴールドマンがシティに対して出した売り推奨ということになる。もちろん、ゴールドマンとシティは完全な競合だから、ゴールドマンがシティを売り推奨にしたところで、痛くもかゆくもないという事情もある。
サブプライムに翻弄されるメディア
本題に戻ろう。ゴールドマンはなぜ、実際の株価と1ドルしか変わらないのに売り推奨を出したのだろうか?
実は、このゴールドマンのアナリストがもともと付けていたシティグループのターゲット株価は48ドルで、レーティングは中立としていた。それを今回のアナリストレポートでは、ターゲット株価を38ドルに変更したのだ。彼にしてみるとターゲット株価を30%も引き下げるわけであり、その行為はまさに売り推奨である。ただ市場から見れば、もともとの彼が付けたターゲット株価が高かっただけ、とも言える。
サブプライムに翻弄され、過敏になっているメディアが「ゴールドマンがシティを売り推奨」とだけ報道してしまうのは、ある意味仕方がないことではある。しかし上述のように、売り推奨そのものが珍しい。メディアの影響力は大きいのだから、実際のところをきちんと伝えないと、無駄な動揺だけが広がることになる。
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