Googleが買収されないのはなぜか――議決権に価値はない? :山口揚平の時事日想
株主の議決権が50%以上あれば企業を支配できる。法的には正しいが、しかしすべての企業でこれが通じるとは限らない。数名の“天才”に支えられているような会社、例えばGoogleでトップエンジニア10人が独立したら、企業価値は果たしていくらになるだろう?
以前本連載で、「株主優待も配当も要らない!?――“よい企業”を見破る2つの数字とは」と題して、配当にも優待にも価値はなく、それはタコが自分の足を食っているに過ぎない、という話を書いた。投資家である以上、「いくらもらえるか」よりも「その原資はどこから出ているのか?」に気を配る必要がある。配当や優待の背景まで考えを巡らせて初めて、賢い株主と言える。
さて今回は、株主のもう一つの大きな権利、議決権の価値についてあらためて考えてみたい。
シェアーズでは来年1月末に、集団議決権行使システム「スイミー」をリリースする予定だ。このサービス開発の中でふと考えたのが、「議決権には、果たして価値があるのか?」という素朴な疑問だった。
「何を今さら? 会社は株主のモノでしょ」と言われる諸氏も多いだろう。しかし知価社会にシフトしつつある現在では、“法”人という組織よりも、独立した“個”人の持つ意味のほうが大きくなっている。企業をコントロールできても、その中にいる個人(経営者・従業員)をコントロールできないのであれば、議決権によるガバナンスも働かず、従ってその価値も薄まっていることを意識すべきだろう。
Googleのトップエンジニア10人が独立したら、企業価値はいくらになる?
例えば先日、チームラボ社長の猪子寿之氏とお会いしたのだが、そのとき氏は「Googleのトップエンジニア10人が独立したら、今のGoogleの価値は果たしていくらになってしまうのだろうか?」と指摘していた。今やすっかり米国のエスタブリッシュメントとなったGoogleだが、中核技術は、数名の“天才”に支えられているとも考えられる。
Googleでは、AとBという2種類の株式が発行されており、Class BはClass Aの10倍の議決権を持つ。B株のオーナーは創業者3名で、合わせると常に議決権の50%以上を握る構造にあり、ほかの人間は口を挟めない。Googleの一般株主(Class A)は、収益の分配を受けられるが、議決権を武器に会社にモノ申すことはできないのだ。
これはつまり、「技術の分からない素人株主は黙ってキャピタルゲインを受け取っておいてね。我々は長期的視点に立って経営するから邪魔しないでね」というメッセージにも聞こえる。
投資ファンドの友人と話していた際にも、議決権について同じ指摘をされた。「プライベートエクイティ(未公開株)投資の現場にいると、つくづく人と人とのつながりの重要性を感じる。たとえマジョリティ(50%以上の議決権)を持っていたとしても、経営者をコントロールすることなんてできないし、マイノリティ(通常、33%以下の議決権)でも経営陣との良好な信頼関係さえあれば、高い投資リターンを実現できる」
要は、「信頼関係が大事」という話だ。札束で人の頬をひっぱたくことはできないし、そうであってはならない。
資本主義とは、問答無用にシビアな一元的コミュニケーション(=価格のメカニズム)を強いるシステムだが、ビジネスの現場はカネ以外の要素で動く。それが情理だ。
議決権の価値は、どんな会社かによって変わる
かといって、議決権に価値がないわけではない。
私は、会社の性質によって、議決権の価値は異なると考えている。法的には、議決権を33%以上持っていれば拒否権を有し、50%以上持っていれば実質的に企業を支配することができる。しかし実際には、ケースによって議決権の価値は大きく異なってくるからだ。
議決権の価値を形成する変数は、(1)ビジネスの属人性の高さ(=特定個人への依存度)と(2)株主の手による価値創造の可能性、この2つだと思う。
ビジネスの属人性
生命保険会社の社長が誰か、知っている人は少ないだろう。それは、ビジネスの性質上、経営陣よりもそのビジネスシステム自体が価値を有する度合いが大きいからだ。一方、新興ベンチャーやプロフェッショナルファームは、人が資産の中核である。従って後者の場合には、議決権そのものよりも信頼関係の太さ(これを定量化することは難しいが)のほうが、企業価値向上にとってはるかに重要であるということだ。
株主の手による価値創造の可能性
新しい株主が何らかの方法で企業に影響をもたらすことにより、企業価値が高まるのであれば、当然その議決権の価値は高くなる。事業会社が株式を公開買い付け(TOB)する際には、20〜30%のプレミアムを乗せて買うのが一般的だが、プレミアムの根拠は、買収する事業会社が買収企業に手を加えることによって、その価値を高められると考えるからである。
個人投資家が黙って買うべきは議決権価値の大きな株だとすれば、それはビジネスの属人性が低く(=仕組みで回っている企業)、ほかの事業会社に買収されることによってさらに企業価値が高まる会社といえるのかもしれない。
株主総会、出席してますか?
ただ実際には、日本の個人投資家による議決権への意識や議決権行使行動はいまだ高くない。
株主になると、事業報告書とともに株主総会議案に対する議決権が郵送で送られてくる。しかしほとんどの個人投資家は、そのままゴミ箱に直行させているのではないだろうか。
自分が保有する株数の小ささと、議決権行使にかかる時間的コストを天秤にかけた際に、ま るでペイしないと考えるからだろう。しかし将来的に、インターネット経由でワンクリックで株主意思を表明できるような仕組みが整えば、議決権に対する考え方もまた変わってくると思う。
以前、個人ブログの「一票の価値、一票のコスト」でも書いたことだが、私たち日本人は“お上意識”の伝統からか、議決権や投票権などの社会参加権を低く考えすぎる傾向にあるかもしれない。
企業の不祥事が続く昨今、ガバナンス体制にますます厳しい目が向けられ、ディスクロージャー(情報公開、開示)の内容や体制は今後複雑化していくだろう。これに合わせ、株主の有する議決権とその価値についても、再考する必要がありそうだ。
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