第3回 ファイナンスの基本:保田先生! 600秒でファイナンスを教えてください(4/7 ページ)
約10分で“分かりやすく”ファイナンスについて説明する保田隆明氏の連載。これまで決算書は細かい部分まで理解する必要はなく、図で覚えることの重要性を解説した。では図で覚えて、実際にどのように使えばいいのだろうか?
すべての企業が使うルールが決算書
以上のように、決算書の細かい内容を知らなくとも、売上高・社員数・売り場面積・稼働時間などさえわかってしまえば、企業が効率的に稼いでいるのかどうかはすぐに判断できます。おそらくそれらの指標は小学生でも思いつくのではないでしょうか。
「決算書が理解できないとダメだ!」という思い込みがいかに私たちの頭を堅くしてしまい、企業の収益分析は難しいと思い込ませているかを示すものだと思います。
重要なのは企業の収益状況の把握であり、決算書をこねくり回すことではありません。キチンとゴールに到達できれば、そのルートや手段は何だっていいのです。
ただ、ある企業では面積当たり売上高、ある企業では時間当たり売上高など異なる指標を用いていると、異業種の企業間での収益比較を行う際は不便です。
そこで、やはりすべての企業が統一して用いる収益・財務状況を把握するツールが欲しい、ということになります。
そこで使い勝手がよいのが損益計算書と貸借対照表、そして後述するキャッシュフロー計算書です。決算書は全企業に網羅的に用いることができるようにしてあるのです。それゆえに没個性化し、面白みがなくなってしまうのですが、これが存在しなければ企業ごとにバラバラの指標を見ていく必要があり、面倒この上ない状況になってしまいます。
そう考えると少しは決算書の存在に感謝し、身近に感じることができるかと思います。
なお、この連載ではわざと材料費・場所代など、幼稚な呼び方をしてきましたが、これらは決算書内では売上原価・賃料と呼ばれます。最初から売上原価という専門用語を聞いてしまうと、難しそうに思えますが、身近な言葉に変換すれば簡単に理解することができます。
「収益性」を考えてみると
ここまでのところで、決算書に対してのアレルギーはある程度払拭されたのではないでしょうか? そこで次は決算書の本でよく登場する経営指標について話をしていきます。
ここからはある架空の老舗ホテル、「ペラトンホテル」を舞台にして企業の収益性を考えていきましょう。
近年は首都圏において、マンダリンオリエンタル、ザ・ペニンシュラ、コンラッドなど外資資本の「超」のつく高級ホテルが開業ラッシュでした。1泊1室当たりの室料が5万円はザラ、という世界です。「果たして泊まる人はいるの?」「こんなにできて商売大丈夫?」と心配になりますが十分な勝算があるようです。その理由は単位当たり収益性にあります。
ホテル事業においては「1晩当たり何割の部屋が利用されるか」という客室稼働率が収益上非常に重要な指標です。3割しか宿泊利用がなければ残りの7割は売れ残りになります。
新規ホテルの開店ラッシュ攻勢を受けたペラトンホテルでは、売れ残りをなくして少しでも宿泊率を高めるために「値下げ」に踏み切りました。その後、確かにお客は増えて稼働率は高まったものの、単価が下がっているので売上は変わりません(図21参照)。
一方、使われる部屋が増えれば増えるほど、宿泊客に対応するスタッフの数を増やす必要があります。フロント、クローク、コンシェルジュデスク、レストランなど、宿泊人数に応じて増員すべき分野はホテル内には山ほどあります。また、目に見えにくいところとしては部屋の清掃費、リネン代などもあります。
せっかく稼働率は上がったのに売上は変わらず、むしろ費用は増えて利益は減り、「宿泊客は増えたのに利益は落ちる」という、なんとも皮肉な状況になってしまいました。こんなことなら稼働率3割でも、以前の状態の方が収益性は高かった、ということになります。このような状況を見ると、「一部屋当たりの値段をいくらに設定するか」ということがホテルビジネスの肝になってくることがわかると思います。
図22は値下げする前と後のペラトンホテルの損益計算書をグラフ化したものです。これを見ると、値下げをして稼働率を高めた場合は費用がかさみ、利益が減っていることが見て取れます。
さすがに値下げをしたのにサービス内容が変わらない、ということはないでしょうから、実際のところは値下げをする代わりにサービスの質も少し下げてコストを抑える、という戦略をとるでしょうが、それでも倍の客数に対して今までと全く同じリソースで対応するのは困難でしょう。したがって、売上は変わらないものの費用面では値下げした後の方が高くなってしまい、結果として収益率は低くなるのです。
通常、企業の収益分析をする時は、損益計算書を眺めることから始めます。そして以前の状態や、他社の損益計算書と比較してどこが非効率なのかを見極めていくのです。そのためには経営の効率性を図ることが重要です。具体的には営業利益の売上高に対する割合(営業利益率)を高めるのです。
ペラトンホテルの場合、値下げした後のほうが営業利益率は低くなっています。「その原因はなんだろう」、そして「その問題を解消するにはどうすればいいのだろう」と突き詰めていくのです。
値下げ後の損益計算書と値下げ前のそれを比較して眺めていくと、人件費やリネン代、光熱費の売上高に対する割合が高いことに気づいていきます。「はて、どうして?」と考えをめぐらせていくと、値下げして稼働率が上がったことが裏目に出ていることが浮き上がってきます。
この連載では、最初に「値下げと稼働率アップ」という答えを見せてしまいましたが、実際のケースではまずは損益計算書から分析を開始することがほとんどなので、費用と売上高を比べながら、「なぜ高い?」「なぜ低い?」ということを考え抜くことがその後の戦略策定に必要となるのです。その場合、損益計算書の細かな部分まで含めて全部を見ていく必要はありません。重要となるいくつかの代表的な指標でぱっぱっとつかんでいけばいいのです。
営業利益率に大きなインパクトを与える費用の代表的なものとして、人件費率や広告宣伝費率が重要です。そして、モノ作り企業の場合はなんと言っても材料費率(売上原価率)が重要となります。
決算書の本では、「売上原価率とはなんだ」という解説から始まってしまいますが、それではつまりません。「なぜその指標が重要で」「何のために使うか」ということを把握できれば、これらの数値は簡単に理解できるのです。
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