それは間違い? 洞爺湖サミットでの“投機マネー規制”:藤田正美の時事日想
原油価格の高騰を受け、主要8カ国は洞爺湖サミットで投機マネーについて議論する予定だ。行き過ぎた資金の流れを規制するのが狙いだが、果たして原油価格の高騰は投機マネーだけが原因なのだろうか?
著者プロフィール:藤田正美
「ニューズウィーク日本版」元編集長。東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」
今週は(7月7日から)北海道・洞爺湖サミットの週。出かけるときには厳しい警備を覚悟しなければなるまい。このサミットでは環境のほかにも原油高や穀物高、そしてそれらの元凶とされている投機資金についても話し合われることになっている。
なかでも投機資金は、経済を混乱に陥れる張本人として、情報開示などを求めることで投機資金を動きにくくしようということのようだ。
こうした政府の動きにメディアも基本的には同調しているが、英エコノミスト誌は、「投機家の責任にするな」と題する記事を最新号で掲載した(関連リンク)。米国の下院では投機資金を規制する法律が通過し、そのほかの国でも同様の動きが広がっているのだという。
実物の需要に影響を与えない先物取引
投機資金が原油相場を押し上げているわけではない、というのがこのところのエコノミストの主張だ。原油の先物というのは先物の契約を買っているだけで、実物を取引しているわけではない。そのため実需に影響を与えていないというのである。
投機マネーこそ原油高騰の元凶であるとする議論は、かなり多くの支持を集めていると思う。1つの論拠は以下のようなものだ。2004年以来、NYME(ニューヨーク・マーカンタイル取引所)での原油先物取引量は3倍になっており、それと軌を1つにするように相場も3倍になっている。これが投機マネーが相場を押し上げていることを示す。
しかしエコノミスト誌はこう指摘する。こうした議論は、生けにえを求める政治家には受けがいいが、根拠はほとんどない。先物の取引量が増えているといっても、原油の世界的な取引量に比べれば多くはない。
それに先物取引は基本的に契約の売り買いであり、動くのはキャッシュのみ。実物の需給にはまったく影響を与えない。サッカーの試合に賭ける金額がいくら多くなっても、サッカーの試合の結果に影響を与えないのと同じことだ。
相場の変動は投機マネーだけではない
1992年、ジョージ・ソロス率いるクオンタム・ファンドは、英ポンドを売り浴びせた。当時、ポンドはEMS(欧州通貨制度)のなかで、ほかのEC(欧州共同体)諸国との為替レートを一定の範囲内に収めるという義務を負っていた。しかしポンドの実力は、その義務をはるかに下回るとソロスが考えたからである。
衛生府は、ファンドによるポンド売りに、公定歩合の引き上げで対抗した。9月16日の午前中に10%を12%に、そして午後には12%を15%にした。それでも売り圧力に抗することができず、結局、EMSから離脱し、そして結果的にポンドは40%も切り下げることになった。アジア通貨危機では、やはりファンドが仕掛けたとされ、マレーシアのマハティール首相は、ソロスを名指しで非難している。
こうした投機マネーが相場の変動を増幅することは確かだと思う。しかしそれが主たる要因ではあるまい。もともと原油にしても、世界の生産量に限界があり、一方で、中国やインドでは石油の需要が急増しているからだ。しかも米国のブッシュ大統領が言うように、石油資源の上にある国は政治的に不安定な国が多い。その意味で、将来は石油が高くなると投機家たちが考えるのもうなずける。
もしサミットで投機資金の規制が決まったにも関わらず、原油先物相場が下がらなかったら、各国政府の顔が丸つぶれということになる。その意味では首脳たちも「リスクを取っている」と言うべきなのだろうか。
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