好調・Netbook市場はどこまで広がるのか:神尾寿の時事日想
6万円台前後と低価格で購入できるミニノートPC「Netbook」がヒットしている。Eee PCから始まったこのブームは、一過性のものに終わるのだろうか? 筆者は通信インフラの進化が「Netbook市場」を後押しし、ブームは持続すると考えている。
PC市場で、Netbook(ネットブック)と呼ばれる“新ジャンル”が注目を集めている。
Netbookとは、小型・軽量・低価格をセールスポイントとするノートPCのこと。従来のノートPCよりも安い部品を使い、CPUの処理速度やストレージ(記憶装置)の容量、モニターの解像度など性能面で大幅な妥協をする一方で、10万円を切る低価格を実現したものだ。
これまで持ち運びができるサイズの「モバイルノートPC」は、性能面でも可能な限り妥協をせず、その上で携行性を高く設計していたため、高付加価値・高価格な部品を多用し、販売価格が高い“プレミアム”な商品であるのが常だった。Netbookはこれに反して、最先端の高価なデバイスをあまり使わず、汎用化して価格がこなれた部品を組み合わせることで低価格化を可能にしている。
Netbookの草分けは、台湾メーカーであるASUSTeKの「Eee PC」だ(参照記事)。同社は昨年10月から台湾でEee PCを発売し、大ヒット。その後、米国、そして2008年1月からは日本市場にも製品を投入し、好調が続いている。このEeePCの成功が、国内のNetbook市場に火をつけたのは間違いない。
その後、Netbook市場には、MSI、日本エイサー、工人舎など中堅メーカーが続々と参入。PCメーカー大手である日本ヒューレット・パッカードやデルもNetbookを発売し、市場が活性化している。さらに今後で見ると、東芝ヨーロッパがNetbook「NB 100」の情報をインターネットで公開したほか(参照記事)、NECもNetbook市場への参入を検討している模様だ。
この製品投入ラッシュの影響もあり、販売台数の面でもNetbookの好調が見え始めた。
店頭のPOSデータを集計しているBCNによると、Netbookが集中する6万円未満のノートPCの構成比は、2008年8月の販売台数実績で、ノートPC全体の19.9%となり、5台に1台を占める結果となったという。国内大手メーカーの本格参入がまだの段階で、すでに実績を作っていることは特筆に値するだろう。
Netbookの市場特性は軽自動車に近い
このようにNetbookは一躍脚光を浴びる存在になっているが、このブームはどこまで広がるのだろうか。
筆者は2つの理由から、Netbook市場が今後も持続的なトレンドになると見ている。
まず、1つはユーザーニーズの成熟だ。先述のとおり、Netbookは“性能で妥協して低価格化した小型ノートPC”である。そのため、メールやWebサービスの利用では支障はないものの、オフィスアプリケーションのフル活用や、写真・映像関連のソフトウェアを使うといった用途では、マシンのパワー不足が目立つ。しかし、重要なのは「それでもいい」という潜在需要が、家庭や職場・学校へのPCの普及とともに拡大しているということだ。既存PCユーザーの“割り切った2台目”の重要はもちろん、職場や家庭でPCを使うユーザー用の“パーソナルな1台目”としての需要もかなりあるだろう。
誤解を恐れずに例えるならば、Netbookの市場特性は、日本の軽自動車や欧州のコンパクトカーに近い。日常生活に「必要」もしくは「あると便利」だが、そこに付加価値は求めず、むしろ大きなコストはかけたくない。これは従来のモバイルノートPCの市場とは明らかに違う市場特性であり、新たな市場に育つ可能性がある。
Webサービスと高速3Gサービスの進化で「持続的なトレンドへ」
そしてもう1つの理由は、Webサービスと通信インフラの進化により、PCに高い性能が必ずしも求められなくなったということである。
例えばGoogleでは、検索サービスだけでなく、メールやスケジュール、写真の管理、さらにはワープロや表計算ソフトといったオフィスアプリケーションの分野まで、Webブラウザから利用できる「Webサービス」として無料で提供している。マイクロソフトもこの流れに逆らえず、Microsoft Officeをはじめ、多くのソフトウェアがオンライン化してゆく方向だ(参照記事)。
このWebサービスへの流れにおいては、作業で必要な処理の多くがサーバ側で行われる。このためノートPC側に過度な性能は必要なくなる。極論すれば、“最新のWebブラウザが過不足なく動く環境”さえあればよい。むしろ必要なのは、高速かつ安定した通信環境であり、これがモバイルでも供給されていれば、「Netbookでも必要十分」な利用環境が構築できる。
通信環境という面で見れば、日本はNetbookにとってかなり恵まれた市場だ。ADSLやFTTHなど家庭向けのブロードバンドインフラは割安かつ高速であり、無線LANの利用率も高い。
さらに日本は、世界的に見ても最もモバイル通信インフラが発達した国である。すべての携帯電話キャリアが3G(第3世代携帯電話)の高速通信技術を導入。特に新興キャリアのイー・モバイルが、PC向けにHSDPA 7.2Mbpsの高速・低価格なデータ通信サービスを提供してからは、最大手のNTTドコモもPC向けデータ通信定額制に踏み切るなど、競争が活発化している。来年にはUQコミュニケーションズのモバイルWiMAXサービスや、ウィルコムのWILLCOM COREといったワイヤレスブロードバンドサービスも始まる予定だ(参照記事)。これらモバイル通信インフラの充実とサービス競争が、“Webサービスを使う”ことで価値が高まるNetbookにとって、強い追い風になるだろう。
各通信キャリアの「Netbook活用」に注目
視点を変えれば、「Netbook」と「Webサービス+高速なモバイル通信サービス」の相性はとても良く、これから本格的なワイヤレスブロードバンド時代を迎える通信キャリア各社にとって、この新市場をいかに活用するかは重要なミッションの1つになる。
すでにキャリアによるNetbook活用の動きは始まっている。先述のイー・モバイルでは、「一部の家電量販店が設定するパック商品」(広報部)という位置付けで、同社の2年契約のデータ通信サービス「スーパーライトデータプラン にねんMAX」とNetbookのセット商品を設定。一部では“100円PC”と評されるように、Netbookの価格を大幅に割引販売し、好調なセールスを実現しているという。
「Netbookとデータサービスのセット商品は、データカードの販売に対してプラス30%ほどの底上げ効果が見られています。また、Netbookの販売が活性化して以降、(セット商品以外の)データサービス契約も順調に増加している」(イー・モバイル広報部)
今のところ、Netbookとデータサービスのセット商品を用意しているのはイー・モバイルだけだが、今後もNetbook市場が伸びれば、そこでのモバイル通信需要の拡大を見越して他のキャリアも同様の販売施策を行うだろう。また、キャリアとメーカーが提携し、オリジナルのNetbookを開発・市場投入するシナリオも十分に考えられる。
“いつでも・どこでもWebサービスを使う”。これが一般ユーザーのトレンドになれば、来るべきワイヤレスブロードバンド時代への布石になる。Netbook市場の趨勢は、PC業界だけでなく、モバイル通信業界にとって重要なものになりそうだ。
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