電気自動車と馬車しか走れない――ある観光都市の交通政策:松田雅央の時事日想(3/3 ページ)
スイス・マッターホルン山麓にある「ツェルマット」は高級リゾート地として知られているが、市街地を走れるのは電気自動車(EV)と馬車のみ。最新技術のEVと前時代的な馬車が混在する街とは一体どのようになっているのか。現地をリポートする。
鉛蓄電池が最適
寒冷地におけるEV利用の最大のネックはバッテリーだ。EV用バッテリーの主流となっているリチウム電池は、低温では出力が低下し凍結にも弱く、しかも価格が高い。そのためツェルマットのEVは、あえて昔ながらの鉛蓄電池を使っている。
市街地とその周辺を走るEV路線バスも同様で、車体後部に巨大なバッテリーを搭載し、充電は最寄のバスステーションで行う。路線の長さは数キロ程度と短いが坂の多い土地のため電力消費が多く、夜間の充電だけで1日走ることはできない。観光のメインシーズンには運行回数が多くなるため、場合によってはバスステーションでバッテリーごと交換してしまう。交換作業に要する時間は運転手一人ならば5分程度、補助がいれば2分程度で済む。
ツェルマットは「(エンジン)自動車のない山岳リゾート地」を掲げ、それを売りにしているわけだが、中にはEVを見て「聞いていた話と違う。クルマが走っているではないか?」と戸惑う観光客もいるそうだ。「EVも含めたクルマが一切ない」と誤解されてのことである。
ツェルマットが徹底したEV交通政策を進める理由を交通局ベアート氏は次のように語っている。「観光のためです。きれいな空気を求めてツェルマットを訪れる観光客の期待を裏切りたくはありませんから」。この点はすべての観光客の期待を裏切らないはずだ。
ツェルマットにEVがうまく「はまった」のは特殊条件があったからこそであり、すべての国と地域に当てはまるものではない。しかしながら、例えば離島の観光地などでも同様の手法をとれるかもしれない。やる気と工夫さえあればいろいろな応用が期待できる事例である。
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