情報洪水という津波が押し寄せたとき、ニホンは溺れなくてすむのか:藤田正美の時事日想(2/2 ページ)
大昔から現代にいたるまで、国家とは「情報管理の産物」ともいえるだろう。国民は政府が管理するデータに対し、アクセスすることを望んでいるが、果たしていまの民主党はその責任を果たしているのだろうか。
情報のガラパゴス化が進むかもしれない
この記事はまだ続くのだが、日本の状況を考えてみた。例えば外務省。核持ち込み密約の文書が破棄されたようだという。もともと日本政府というのは、国民に公開しなければいけないという意識が薄いし、特権意識の強い国会議員は国民の代表というより権力側に取り込まれるのを好む(大マスコミにもそういった側面があることは否めない)。だから情報は公開したがらないのである。公開する場合も、データとして整理して自分たちの仕事を理解してもらおうという気持ちはまったく見えないような公開の仕方をする(最近は違うかもしれないが、国会の速記録を見て、読む気が失せたことがある)。
何度も触れている話だが、いわゆる官房機密費について平野官房長官が「私を信用してほしい」と言って、使途を公開しない方針を明らかにした。もちろん透明にすべきだと主張してきた民主党の方針「違反」である。でもちょっと待ってほしい。もしそれで通すつもりなら、民主党が野党に下ったときにも、官房機密費の使途について質問しないということなのだろうか。国民が税金の使い道について問いただす機会を奪うということなのだろうか。平野発言はそれぐらい重要な発言だと思うが、あまり大きな声で異議を唱える人がいないように見えるのはなぜだろう。
いかに政府の情報を公開して、それを国民が社会を考える上で役に立つものにしていくのか、という問いかけが根本的に欠如しているのが日本の政府だという感じがする。これは民主党でも自民党でもあまり変わらない。
そしてその結果、情報の利用においても日本の「ガラパゴス化」が進むということにならないだろうか。情報の洪水が津波になって押し寄せてきたときに、ただただそこで溺れるような国になってほしくない。エコノミスト誌の特集を読みながら、そんなことを考えた。
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