“ボツ確実”でも取材せよ――不況下のマスコミ界でちょっといい話:相場英雄の時事日想(2/2 ページ)
景気悪化の影響を受け、「スポンサー様の意にそぐわない原稿はボツ」との風潮がマスコミ界を覆っている。骨のある報道マンが減り、物分かりの良いサラリーマン記者が増えていく中、筆者の相場氏は“ちょっといい話”に遭遇した。その話とは……?
なめられたらおしまい
過敏とも言えるスポンサーへの配慮がまかり通る中、こんなエピソードがあった。今春、某大手企業がスキャンダルに揺れた際のこと。某大手企業は、民放各局へのCM出稿が多い優良スポンサーであり、メディア各社の取材体制の腰は引けた。
こうした環境下、ある民放局の報道担当幹部が「ボツ確実でも取材を続けろ」と吠えたのだ。当然、同局の担当記者も社内外の“空気”を敏感に察知し、他社と横並びの記事を出し、スポンサーを刺激しない程度の取材にとどめていたという。
この幹部に“吠えた”真意を尋ねてみた。すると、「報道の仕事はなめられたらおしまい」と至極真っ当な答えが返ってきた。
同幹部の主張はこうだ。「もちろん局全体にとってスポンサーは大切な存在。だが、スキャンダルは別。報道する価値のあるネタであれば、遠慮などせず、ガシガシ取材すべし」という理屈だ。この発破に応える形で、この局の若手記者は当該企業の幹部にベタ張りし、スキャンダルのキモとなるネタの獲得に成功したという。
筆者が関心したのは、この後の話だ。
当然のことながら、この幹部が事前予想していた通り、「局上層部にスキャンダルのキモを報じる事を止められた」という。つまり、肝心のネタはボツになったわけだ。
ただ、「ボツを承知で取材を続ける場合と、はなからあきらめたときでは、企業の受け止め方が全く違う」。言葉は悪いが、報じられることのないネタをひたすら追いかけられたのでは、取材される側はたまったものではない。スポンサーの威光を使えば、いくらでもネタは潰せると高をくくっていたのが、全くその論理が通用しないからだ。
現在もこの大手企業は同局へのCM出稿を続けている。同局の営業や編成部門に企業から圧力をかけた、あるいはクレームを入れたかなどの詳細は知り得ないが、「ボツを承知で取材された」という要素が大きく作用している結果だと筆者は考える。
記者クラブ問題や度重なる誤報、官房機密費の授受など、既存メディアへの風当たりが日増しに強まっている。だが、一般に伝えられないメディアの内部では、懸命にあがいている報道マンがいる。そのことを、多くの読者に知ってもらう価値は十分にある。筆者はそう考えて今回のコラムを綴ったつもりだ。
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