『ハゲタカ』の著者に聞く――なぜ小説家になったのか?:35.8歳の時間・真山仁(5/5 ページ)
『ハゲタカ』『プライド』『ベイジン』など、数々の企業小説を世に送り出してきた真山仁。新聞記者、フリーライターを経て、40代で作家としてデビューした彼は、なぜ小説を書き続けるのだろうか。人生を振り返りながら、小説に対する思いなどを聞いた。
財産は「人」
わたしの財産といえば、やはり人ですね。1冊の本を書くのに、50人以上は取材しなければいけません。作品が増えれば増えるほど、情報源……つまりお世話になった人たちも増えていきます。キレイごとではなく、小説というのはたくさんの人たちに支えられないと、書けないものなんですよ。だから自分は、作家というよりもアンカーという感覚が強いですね。
もちろん自分の頭の中でストーリーを考えているのですが、原稿がうまく進まないときには編集者や事務所のスタッフから「こうすればいいのでは」というアドバイスをもらいます。そのちょっとしたやりとりで、ストーリーが変わっていきます。なので「人からバトンをいただいて、最後に自分が作品を書いている」――こうした感覚は年々、強くなっていますね。
なぜ小説家になったのか? とよく聞かれます。わたしは自分が気付いたことを人に伝えたいという思いが強いんですよ。そして面白い小説ができたときには、「これ面白いでしょう?」と伝えて回りたい。例えば原子力発電所は本当にこのままでいいのか? と思ったら、取材をして、さまざまな情報を入手します。しかしそのまま書いても分かりにくいので、小説という虚構の世界で、「これって問題だと思わないですか?」と言いたいんです。
わたしは小説を書いていますが、ひょっとしたら新聞記者と紙一重のことをしているのかもしれません。新聞記者というのは、事実を積み上げていかなければいけません。しかし、その事実をフィクションにすることで「ほら、ここの核の部分を見るべきではないでしょうか」と訴えていきたいですね。その核の部分というのは「怒り」であったり、「励まし」であったりすることが多いですね。
生きている証は「小説」
特定の人物や企業の善悪を問うようなことを書きたいとは思いません。例えば問題のあるヒトがいても、それだけで社会というのは成立しません。にもかかわらず成立しているのは、社会が認めてしまっているから。彼らだけがヒドイのではなくて、そうした土壌はみんなが作っている。なので、人のせいにするということはとても怖いこと。小説では「もう言い訳をするのは止めよう」「人のせいにするのではなく、自分たちが踏ん張らないと、この国は滅びるかもしれない」といった思いを込めて、書いていますね。
人に生まれてきて良かった――。いや、悪かった――。こうした議論はするものではないと思っているんですよ。せっかく生まれてきたのだから、人はその証を残して死んでいくべきではないか、と。わたしにとって、生きている証は「小説」なのかもしれません。いや、それしかありませんね。(本文・敬称略)
関連記事
- 批判されても、批判されても……貧困ビジネスに立ち向かう理由
年越し派遣村の村長・湯浅誠――。彼のことについて、詳しく知っている人は少ないかもしれない。自分のためにだけに生きるのではなく、生きることが困難な人たちのために生きる男が、過去を振り返った。 - 報道とは何か? 事件と震災の取材で分かったこと――NHK解説委員・鎌田靖
2009年にスタートしたNHKの報道番組『追跡! AtoZ』でキャスターを務める鎌田靖氏。これまでリクルート事件や共和汚職事件、阪神・淡路大震災を取材してきた鎌田氏が、半世紀の人生を振り返った。 - なぜ無酸素で8000メートル峰を登るのか――登山家・小西浩文
世界には8000メートル超の山が14座存在している。酸素と気圧は平地の3分の1、気温は平均マイナス35度の世界に、登山家の小西浩文氏は無酸素で頂上を目指している。なぜ彼は危険を冒してまで、山に登り続けているのだろうか。 - 海外メディアは日本に定着するのだろうか? WSジャーナル・小野由美子編集長
2009年12月、米国のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が日本に“上陸”した。有料サイト「WSJ日本版」がオープンしたが、果たして日本で成功を収めることができるのだろうか。初代編集長を務める小野由美子氏の人間像に迫った。 - 伝説の“呼び屋”は何を交渉してきたのか――ドクターKこと、北谷賢司
東京ドームでマイケル・ジャクソンやローリング・ストーンズが、ライブを行ったことを覚えている人も多いだろう。しかし日本に大物アーティストを招く、伝説的な男がいることを知っている人は少ない。“呼び屋”として活躍した北谷賢司とは、一体どのような人物なのだろうか。その素顔に迫った。 - なぜテレビは面白いのか? 放送作家のボクが考えてきたこと
「放送作家・都築浩」――。テレビ番組のエンドロールで、この名前を目にすることは多い。1週間に15本以上の番組を担当する都築は、これまでどんな仕事をしてきたのだろうか。普段はテレビの裏側にいる男が、過去のヒット作などについて語った。 - なぜイチローは、この男に語り続けてきたのか
マスコミに対し、あまり多くのことを語ろうとしない大リーガー・イチロー選手。しかしこの男には、なぜか語り続ける。『イチロー・インタヴューズ』の著者・石田雄太――。一流アスリートを追いかけ続けてきた男が、自分の過去を振り返った。 - 数十億円のカネを捨ててまで、マネックス証券を設立した理由
ネット証券の草分け的な男として活躍してきた、マネックス証券の松本大社長。米経済誌『フォーチュン』で「次世代を担う世界の若手経営者25人」の1人に選ばれた男は、どのような人生を歩んできたのだろうか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.