ダマされてはいけない……“対等な労使関係”と言う社長に:吉田典史の時事日想(3/3 ページ)
「ウチの会社は労使関係が対等だ」と言う社長がいるが、この言葉をそのまま信じていいのだろうか。従業員側からすれば“聞こえがいい”かもしれないが、言葉の裏には経営者側の本音があるようだ。
「正規・非正規の概念がない」という詭弁
このうさんくさい言葉を使う経営者が仕切る会社をさらに挙げよう。彼は25年ほどの間、大企業に勤務し、そこで執行役員まで上り詰めた。しかし、それ以上は上がれないと悟り、退職。数年後に、現在の会社の経営をスタートした。創業8年で社員数は90人ほどになった。
ここでは、すべての社員は1年ごとの契約社員となっている。つまり、非正社員である。なぜ、正社員を雇うことをしないのか? とその経営者に聞くと、こう答えた。
「ウチの会社は、正規・非正規の概念がない。概念がない以上、そのような区別はしない。だから、皆が1年ごとの契約社員となっている」
わたしには、意味が分からなかった。「概念がない」というのは、その会社の中では通用する論理かもしれないが、企業社会においては説得力に欠けるのではないか。これに対し、経営者は感情的な口調で反論してきた。
「あなたの考えは、古い時代のパラダイム(価値観を指すものと思われる)。いまは、労使関係が対等であり、若い社員らは正社員とか、非正社員の区別を求めていない。少なくとも、ウチの社員は1年ごとの契約で納得している」
しかし「対等な労使関係」と言いながら、やはり矛盾がある。例えば、大阪に支社を設けるときに30代の社員を数人、半年間ほど送り込んだことがあるという。命令をしたのは、わずか1週間前だったそうだ。その期間が長引くと、そのうちの一部の社員が不満を漏らし始めた。経営者はそれが気に入らず、「話し合いのうえで辞めてもらった」そうだが、これは限りなく、退職強要に近い。これでは、「対等」とはおよそ言えないのではないか。
わたしが思うに「対等」とは平等を意味するものではない。労使の関係が「平等」など、ありえない。あえて違う言葉に置き換えるならば、「公平」という言葉の持つニュアンスに近いものだろうか。わたしの経験から言わせていただくと、取材先あるいは自身がかつて勤務した会社で、労使が「対等」または「公平」と感じたことは1度もない。
「対等な労使関係」という言葉は、人事に中途半端に精通する、いわば“人事オタク”の戯言にしか聞こえないのだ。最後に読者に問いたい。あなたの会社で、労使関係は「対等」だろうか。
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