GDPの成長で豊かさを実感できるようになりましたか?:ちきりんの“社会派”で行こう!(2/2 ページ)
“失われた10年”などとも言われながら、バブル崩壊後も堅調に増加してきた日本のGDP。しかし、その成長が豊かさとして感じられなくなっているのはなぜか、とちきりんさんは問いかけます。
失われた10年で伸びたもの
もちろん、この時期に伸びたものもあります。
1つは医療、介護産業です。しかし高齢者が増えて病人が増え、家庭で介護されていた人がヘルパーさんに介護されても、それによって「経済的に豊かになった」と感じるのは困難です。介護職の給与水準は低く、医療現場も尋常ではない過重労働を強いられており、新産業の勃興で豊かになったと感じられる人は多くありません。
もう1つ大きく伸びたのは情報産業や通信業です。企業だけでなく、消費者も“ケータイ”や“ネット”により圧倒的な利便性を手に入れました。これについては「豊かになった実感」を持てる人も多いでしょう。
しかし一方で、IT化により旅行代理店や金融業、本屋などは、“中抜き”され始めています。雑誌や新聞などのメディア産業もネットに広告と購読者の双方を奪われつつあります。勃興する産業がある一方、IT化のために衰退する産業もまた大きいのです。これも全体的な“豊かさ”の実感をそいでしまう要因でしょう。
また、IT化の時代に新たな雇用機会として出現したSE、プログラマーという仕事は3Kと言われ、モバイル機器やブラックベリーが24時間働く人を追いかけ、「世界の労働者と戦え」と言われ始めたビジネス社会では精神を病む人も急増しています。
そんな時代に対応するため、親は子どもが小さなころから英語を習わせ、お受験をさせ、そして、自らは“自分をグーグル化”して荒波を乗り越えようと必死になっています。ここでもやはり高度成長期のような“単純な豊かさの増進”はとても感じにくくなっているのです。
豊かさをどう表せばいいのか
これはつまり、日本においてGDPが目標指標としての役割をすでに終えているということではないでしょうか。もともとGDPは経済規模の指標であって、豊かさの指標ではありません。経済的に貧しい国にとって、たまたま「経済規模の拡大=豊かさ」であっただけなのです。
GDPのグラフが右肩上がりなのに、私たちの「豊かさ実感」がむしろ下がっているとしたら、「今の私たちの豊かさを表現する本当の指標」のグラフは右下がりになっているはずです。
問題は、私たちはそれが何のグラフなのか理解できていない、ということです。それはつまり、豊かな生活のために今、何を変えればいいのか、何をすればいいのか分かっていないということでもあります。
その“隠れたグラフの意味(式)”を突き詰めなければ、私たちはまたこれからもずっと「豊かさの実感とは乖離してしまった経済成長」を追い求め、リーマンショックで今度は本当に下がってしまったGDPを回復させるため、心と体をすり減らして頑張っていくことになってしまうでしょう。
著者プロフィール:ちきりん
兵庫県出身。バブル最盛期に証券会社で働く。米国の大学院への留学を経て外資系企業に勤務。2010年秋に退職し“働かない人生”を謳歌中。崩壊前のソビエト連邦など、これまでに約50カ国を旅している。2005年春から“おちゃらけ社会派”と称してブログを開始。Twitterアカウントは「@InsideCHIKIRIN」
関連記事
- 年金も消費税も5年後に考えるべきだよ
ここ数年、止まってきているかのように見える日本の少子化。しかし、ちきりんさんは現時点の出生数の推移を基本として、年金や消費税などの方針を決めるのは危険だと主張します。 - 誰が終身雇用のコストを負担しているのか?
終身雇用制度がネックとなって、効率的な人員調整を行えなくなっていると主張するちきりんさん。非合理な雇用システムが広まっていることによって、どんな問題が起こっているのでしょうか。 - “ぜいたく”が許されない人々
『五体不満足』の著者、乙武洋匡さんがあるインタビューで発した言葉に驚いたちきりんさん。その言葉を取っ掛かりとして、「ごく普通のことが、許されない“ぜいたく”のように言われてしまう人たちがいるのではないか」とちきりんさんは問題提起します。 - ひょっとして……“バブル組”に苦しめられていませんか?
昔に比べ「管理職の力が強くなってきた」と感じたことはないだろうか。部下の採用、配置転換、リストラなど……いろいろなところで強権を振るい始めている。しかしこうした動きに対し、「危険な兆候」と懸念する声も出始めている。それは……? - 「ちきりんの“社会派”で行こう!」連載バックナンバー
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.