都条例より恐い“自主規制”……「表現の自由」は内側からも崩れる:相場英雄の時事日想(2/2 ページ)
過激な性描写を盛り込んだ漫画販売を規制する条例が、東京都議会で成立した。しかし過激な描写を避ける、いわゆる“コンビニ対策”はすでに水面下で進行。さらに今回の条例成立により、出版業界内部での“自主規制”は強まっていくのではないだろうか。
消えた4ページ
実は、筆者も先の項で触れた漫画家さんと同じように悔しい思いをしたことがある。今、問題となっている性描写ではないが、暴力団、いわゆる“金融ヤクザ”の実態に触れたときのことだ。
数年前に刊行した小説の中で、経営コンサルタントを表の稼業とする架空のキャラクターを創った。これがいわゆる金融ヤクザであり、広域組織の金庫番という設定だった。
このキャラクターを説明するため、筆者は捜査関係者から入手した複数の広域組織のリスト、そこに連なる下部団体、フロント企業の相関図をもとに4ページ分の文章を綴った。もちろん、特定の個人や団体をイメージさせるためではなく、「なんとなく存在しそうな」キャラクターを創るための補強作業にすぎなかった。
だが、小説を書き上げ、ゲラが刷られてきた段階でトラブルが起きたのだ。版元の幹部がゲラを一読し、「危ない」と判断。担当編集者を通じ、差し替え、あるいは削除をするようにと筆者に求めてきたのだ。
もちろん、筆者が創ったキャラクターは架空であり、ストーリー全体もフィクションだ。当然、その旨は巻末に記す予定だったので、筆者は要請には応じられないと申し出た。
実話系週刊誌、あるいは一般週刊誌では特定個人、団体が実名で報じられているうえに、新聞の解説記事でも同じようなことが触れられていた。翻って筆者の著作物はあくまでもフィクションであり、特定の個人を誹謗中傷するような中身ではなく、あくまでも暴力団のシノギの一端を小説に転化させただけだったからだ。
結局、版元との協議は刊行ぎりぎりまで持ち越され、最終的に筆者は4ページ分の描写をごっそりと落とすことを承諾した。
刊行日程が決まっていたので、筆者が突っ張り続けることで、版元の営業、あるいは取次、書店に迷惑がかかることを危惧した結果だ。同作は今年文庫化されるので、消えた4ページ分はその際に復活させる予定だ。筆者のような零細分筆業であっても、取材し、ストーリー構成を考え、我が身を削る思いで物語を綴っていることをご理解いただきたい。
先に触れたように、コンビニの流通の都合に配慮したり、あるいは超保守的知事が主導した条例が出来たことで、今後、筆者が体験したような「事なかれ主義」から自主規制が幅を利かせることを危惧しているのだ。
現状、大手出版各社は都条例に反対する意向を示し、結束を強めている。この連携が崩れることがないように願うばかりだ。
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