ギネス認定! 世界最古の宿が人気である理由――――西山温泉慶雲館52代当主・深澤雄二氏(後編):嶋田淑之の「リーダーは眠らない」(6/6 ページ)
この度、ギネスブックが「世界最古のホテル・旅館」として認定した西山温泉慶雲館。創業から1300年を経ても、人気を集めていられる秘密はどこにあるのか。第52代当主の深澤雄二さんへのインタビューを中心に、同館のスタッフのみなさんからもお聞きした内容をお伝えする。
IT化が課題
革新の対象のうち、特にバックヤードをめぐる問題が今、慶雲館の大きな戦略課題になっているようだ。
「どうやってIT化するかということなんですよ。さっき申し上げたように、旅行代理店に過度に依存すべき時代ではなくなっていますし、実際、インターネットの発達とともに、代理店経由のお客さまが占める比率はじりじりと下がり続け、とうとう全体の半分になりました。代理店経由がなくなることはないですが、5〜10年先はほとんどWeb経由になるのではないでしょうか。
今の旅館はほとんど赤字経営です。そして、装置産業なので銀行の融資に頼らざるをえません。中には無借金の旅館もありますが。かつては温泉宿が倒産することはあり得ませんでしたが、今や老舗も含め、多くの有名温泉宿が次々に倒産・廃業に追い込まれる非常に厳しい時代です。
代理店を通すと、手数料などで結局20%ほど支払う計算になり、経営的には重い負担です。Webの旅行サイトだと、手数料は8%くらいで少し楽になります。ただ、できれば“直(間に代理店などをはさまない)”のお客さまの比率を上げていきたい。『全員が営業マン』というのは、まさにそのための施策なわけですが、それと同時にどうしても取り組まないといけないのがWeb戦略の構築・実施なんです。
ところが、ここは秘境で光ファイバーケーブルを通してもらえません。携帯電話も1000万円ほどの設備投資をして、ようやくNTTドコモとソフトバンクは通じるようになりましたが、auなどは通じません。
そして何より、Web戦略の担い手となって結果を出していける人材が育っていないのが実情です。そう考えると、最後に行き着くのは、やはり人の問題ということになるかもしれませんね」
深澤さんがスタッフをとても大切にしているのはよく分かるし、慶雲館への愛情と誇りをもったスタッフのみなさんのプロフェッショナルな仕事ぶりを見る限り、人材の問題の深刻さを実感できないのだが……。
「人生これからという若い人にとっては、ここは本当に何もない地域です。ここでこれからの人生をずっと過ごそうという風にはなかなかいかないでしょう。だから、人材の募集も難しいですし、入ってくれた人も、なかなか勤続何十年というわけにもいきません。
それは、慶雲館の事業承継についても言えることです。私は第52代ですが、子どもがいないので『次をどうするのか』という問題があります。これまで1300年間、一族の誰かが跡取りになってきました。しかし、これからの過酷極まりない旅館経営の担い手としてやっていけるだけの高い能力や見識を持っていることに加えて、この辺境の地で残りの人生を過ごしていきたいと思ってくれるような人を一族の中から選び決めていかないといけません。非常に難しい問題です」
人気温泉宿として華やぐ慶雲館でも、人の問題は深刻なようだ。最後に、深澤さんから次のようなメッセージをいただいた。
「都会の喧騒で疲れた人、そしてどんなに優秀でも運に恵まれない人、当館で働いてみませんか?」
現代の秘境、西山温泉慶雲館。しかし、そこは1300年の伝統を現代という文脈に適合させ続ける革新的な企業である。志ある人はその門を叩いてみてはいかがだろうか。
嶋田淑之(しまだ ひでゆき)
1956年福岡県生まれ、東京大学文学部卒。大手電機メーカー、経営コンサルティング会社勤務を経て、現在は自由が丘産能短大・講師、文筆家、戦略経営協会・理事・事務局長。企業の「経営革新」、ビジネスパーソンの「自己革新」を主要なテーマに、戦略経営の視点から、フジサンケイビジネスアイ、毎日コミュニケーションズなどに連載記事を執筆中。主要著書として、「Google なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか」、「43の図表でわかる戦略経営」、「ヤマハ発動機の経営革新」などがある。趣味は、クラシック音楽、美術、スキー、ハワイぶらぶら旅など。
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