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なぜ昔の新聞記者は“社会”を動かしていたのか烏賀陽弘道×窪田順生の“残念な新聞”(8)(2/4 ページ)

昔の新聞記者といえば取材先に深く食い込み、その世界の“プレイヤー”になる人もいたりした。最近はそうしたタイプの記者が少なくなったが、その背景にはどういった要因が潜んでいるのだろうか。

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“記者クラブ病”がかなり末期


窪田順生さん

窪田:論説委員様や編集委員様がそうした原稿を書くということは、“記者クラブ病”がかなり末期ということですね。いつも記者クラブにいて、いつも同じ人がレクチャーして、いつも同じ人が話を聞いている。もちろん外の世界を取材することもありますが、基本は記者クラブ中心に回っている。そうすると記者もその世界の価値観に染まっていく。

烏賀陽:防衛問題に詳しいある編集委員様はこう言っていました。「『新聞記者は読者の顔が見えていない』『読者のことを考えていない』といった声があるが、私は読者の顔を知っているんだよ」と。

窪田:ハハハ。テレパシーを持っているんですかあ?

烏賀陽:僕が「すごいですね!」と感心していたら「私の読者は20人いるんだよ。外務省の○○さん、○○さん、○○さん、防衛省の○○さん、○○さん、○○さん……私は全員分かっているんだ」と言った。そりゃ読者の定義がちゃうのと違いますか? とのど元まで出かかった(笑)。

 その編集委員様は「そういうプロに見せても通用するくらい専門知識がないとダメだ」という意味で言ったんですが、考えてみれば、発想がすでに一般読者を飛ばしている。

窪田:彼らに対するメッセージであって、そんなものは手紙で十分(笑)。

烏賀陽:60〜70代の記者には、こういう発想の人が案外います。

窪田:もはや記者ではないですね。

烏賀陽:少なくとも読者の代表ではない。

窪田:ジャーナリストというよりかはプレイヤーに近い存在ですね。インナーサークルで政局や政策に関係することが、自分たちの喜びなのでしょう。

烏賀陽:そうですね。

窪田:また「省内でも○○さんが書いた記事、評判良かったですよ?」とかほめられると、たまらなくうれしいんでしょう(笑)。

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