私たちは仮想世界に何を求めるのか:野島美保の“仮想世界”のビジネスデザイン(2/2 ページ)
仮想世界は、現実世界とは別の生活空間を持つという、ぜいたくな遊びだ。だからといって単なる遊びとみるのではなく、仮想世界ビジネスの意義を考えたい。ビジネス的には外貨獲得のための新しい輸出産業として期待される一方、学術的には人間の願いや欲がダイレクトに反映される仮想世界は、現実世界のシミュレーションとなる。
ゲーム内経済から考えること
ほかのコンテンツにはない仮想世界の特徴は、ユーザーが集まって1つの社会を形成する点にある。最近ではソーシャルという用語ができ、人間関係をベースとしたWebサイトが一般的になったが(参照記事「人間関係をデジタル化する――ソーシャルグラフから始まるFacebookの戦略」)、現実と遜色なく高度に形成された社会と言えるのは大人数参加型のオンラインRPG(MMORPG)だろう。
MMORPGでは、ゲームレベルや職業といった独自の社会階層が存在し、独自の通貨が発行されユーザー同士の交易が行われる。この経済活動はゲーム内経済と呼ばれる。
ゲーム内経済の最大の特徴は、資源の有限性から解放されていることである。ゲーム運営会社の操作1つで、世界の資源埋蔵量や供給量を瞬時に変化させることができる。現実の不幸が、有限性ゆえに生まれる食料や石油をめぐる争いにあるとすると、そうした制限から無縁の仮想世界は、まさに理想郷と言える。
実際に、ゲーム世界で暮らす限り、衣食住に困ってゲームが続行できなくなるという危機的な状況は生じない。ぜいたくさえ言わなければ、ほんの数分の努力で何がしかの金やアイテムを手に入れることができる。フィールドの至るところに食べ物や金が湧き出ており、それをクリックするだけで手に入れることができるのだ。
せっかくの仮想世界なのだから理想郷として独自の進化を遂げればいいのに、実際には、現実世界を模するように発展している。なかには、税金や病といった現実の負の面を実装するゲームすらある。
ユーザーたちは、現実世界さながらにより高いステータスや資産を求めて競い合う。人間の向上心あるいは欲は、生存や衣食住と関係のないところでも成長することが観察される。
仮想のアイテムやステータスを求めるユーザーの“思い”だけをよりどころにして、ゲーム経済が形成される。特定のアイテムに需要が集中し、その希少性を求めてさらなる競争が生まれる。そこに商業活動がからんで転売目的の投機的行為が生まれ、需給や価格が大きく変動するようになる。すると、ゲームの中でさえ、インフレやデフレといった現実さながらの経済問題が生まれる。ゲーム運営会社の大きな仕事は、安定化のための経済政策をとることになる。アイテム価格や貨幣流通量をモニターし、その供給量をコントロールするのである。経済政策の巧拙は、ゲーム世界の寿命やマネタイズ(有料アイテムの売上)にも関わってくる。
さまざまなオンラインゲームを調査をして分かってきたことは、「現実とかけ離れた設定の仮想世界は、ユーザーの共感が得られない」ということである。不足とは無縁の理想郷を演出するよりも、現実に似た臨場感の方が好まれるのだ。技術的には何の制約もないにも関わらず、私たちは仮想世界においても現実さながらの競争社会と貨幣経済を選択している。
現実社会に当てはめて考えてみると、たとえ世の中が豊かになって物理的な不足や制約が解消される時代が来るとしても、私たちのマインドが変わらぬ限り、作られる社会は依然として変わりがないことになる。理想郷を作りたいのならば、物理的制約を越える技術革新だけを求めるのではなく、人間の願いや欲がどのように生まれるかを知る必要がある。
仮想世界は理想郷になるという当初の楽観的な期待はほぼ裏切られ、現在のところ、抜本的に新しい社会システムを見つけることはできない。しかしながら部分的には、仮想世界特有の良さを見つけることができる。
それは、仮想世界の娯楽性である。現実世界は本人の意思とは関係なく生かされている面があるが、仮想世界は本人の自由意志で参加するものである。わざわざ金を払ってまで参加するのだから、より快適な世界でなければ継続しない。
ゲーム世界への参加モチベーションはどこから来ているのか。人々が仮想世界に意欲的になれる理由を知ることは、ゲームのビジネス的な成功だけでなく、あるべき理想の経済社会を知ることにつながるのではないかと、淡い期待を抱いている。
野島美保(のじま・みほ)
成蹊大学経済学部教授。専門は経営情報論。1995年に東京大学経済学部卒業後、監査法人勤務を経て、東京大学大学院経済学研究科に進学。Webサービスの萌芽期にあたる院生時代、EC研究をするかたわら、夜間はオンラインゲーム世界に住みこみ、研究室の床で寝袋生活を送る。ゲーム廃人と言われたので、あくまで研究をしているフリをするため、ゲームビジネス研究を始めるも、今ではこちらが本業となり、オンラインゲームや仮想世界など、最先端のEビジネスを論じている。しかし、論文を書く前にいちいちゲームをするので、執筆が遅くなるのが難点。著書に『人はなぜ形のないものを買うのか 仮想世界のビジネスモデル』(NTT出版)。
公式Webサイト:Nojima's Web site
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