コラム
陸の孤島・雄勝町――津波に襲われた集落の姿:相場英雄の時事日想・震災ルポ(3)(4/4 ページ)
宮城県石巻市から30キロほど離れたところに、牡鹿半島がある。そこは「陸の孤島」とも呼ばれ、険しい山道を越えなければたどり着けない所だ。地震そして津波に襲われた集落は、どのような姿に変わり果てたのか。
小学校で起きた悲劇
やがてカーナビが雄勝の中心部に向かうよう、右方向への急反転指示を出し始めた。モニターの住所表示は「釜谷」。このとき、午前中に石巻日日新聞で聞いた同地の悲劇を思い起した。児童108人のうち、7割が死亡、行方不明となった市立大川小学校の近所だったからだ。
筆者は路肩にクルマを停め、周囲の風景を見回した。かつて地元民の生活があったであろう宅地、そして田畑に向けて手を合わせた。
クルマに乗り込もうとしたとき、某民放の四駆が筆者の近くで急停車し、近隣の仮設トイレに向かっていた地元民にマイクを向け始めていた。いたたまれなくなった筆者は、愛車を急発進させた。
→続く。
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